第69話 斉藤くんと知らないあの人

「いったいどんな人なんだろうな。まちさんが連れてきた人って――ってあれ?」


 安西あんざいさんの居酒屋に行くため、電車を降りて、町さんが言っていた人の事について考えながら居酒屋へ向かっていたら、吉岡よしおかさんが見えた。

 吉岡さんもこちらに気付いたようで、ふらつきながら、ゆっくり歩いてくる。途中で倒れそうになっていたので支えて、近くのベンチに座らせると、「あはは、悪いね、悪いね」と笑い始めた。


「いや、助けてもらって悪いね、斉藤さいとうくん。今日はちょっと飲みすぎちゃってね。今から杏里ちゃんたちのところかい?」

「そうなんですよ。今から行くところで」

「やっぱりか! がはは。あと、もう少し早ければよかったね。杏里ちゃんとちょうど別れたところだよ」

「そうですか。それはちょっとタイミングが悪かったかもしれませんね」


 少しといっても安西さんのあの足の速さだ。もう戻っていてもおかしくないだろう。

 それにしても今日の吉岡さんは普段より機嫌がいい気がする。いつもは安西さんに介抱されて駅まで来ていても、倒れそうになるほど飲んでいないはずだ。

 町さんが言っていた人にも関係あるんだろうか。一応聞いてみようかな。


「今日はよく飲まれたってことですけど、何かいいことでもあったんですか?」

「それを聞いちゃうのかい? いや、良いんだけどさ。あいつがようやく帰ってきたんだよ」

「……あいつ、ですか?」

「ああ、斉藤くんはまだ会ったことがないはずだね。まぁ、そいつは開業当初からいたっていうか、昔馴染みのやつなんだが、ずっと海外にいたんだよ」

「海外ですか……」


 海外にいた人を僕らが海の家に行くからという理由で、町さんが呼び寄せたってことになるのか。きっと桜井さんみたいに頼りにされている人なんだろう。会ったら、謝らないといけないな。


「斉藤くんも会ったら分かると思うんだが、あいつはバカなやつでな。2人を置いて、海外に行っちまって。男手はあそこであいつ一人だったのによ」

「それはよくないですね」

「そうだろう! そうだろう!」


 安西さんと町さんが二人で毎日、忙しい日々を送っているのに、その人は二人を置いてまで海外に行くなんて。


「ま、そいつもいいやつではあるんだが――って斉藤くん?」

「ごめんなさい、吉岡さん、俺、その人にちゃんと言いにいきます」

「ちょっと――」


 理由はあると思うけれど、助けてくれた町さんと安西さんに大変な思いをさせていたなんて許せない。

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