第62話 安西さんのエール

 ここは海の家だ。そして、夏休み。誰かに会うかもしれないとは思っていた。それでも加賀谷とだけは会いたくなかった。

 次に会ったときはちゃんと話し合おうと思っていたけれど、まだ心の準備ができていない。

 加賀谷もそうなんだろう。さっきから目を合わせてくれなかった。


「近いうちに会うとは思っていたけれど、まさかこんなすぐに会うことになるなんて思ってなかったよ」


 加賀谷はそう言って、昔と同じように作り笑みを浮かべる。


「……そうだな。なぁ、加賀谷」

「えっと悪い、注文いいか? 友達が待っているからさ」

「わかった。何にするんだ?」

「じゃあ、これと、これと、これで」

「まいどあり。じゃあ少し、そこで待っててくれ」


 加賀谷に頼まれた商品を作っていく。安西さんにも手伝ってもらい商品を渡すと、加賀谷はベンチに座る友達の方へ向かっていった。


「これで……いいんだよな」


 加賀谷とは今回も何もなかった。

 きっとまたどこかで会うかもしれないけれど、こうやって――そう思った瞬間、安西さんが肩を叩いてきた。


「斉藤くん、このままでいいの?」

「いいんだよ。加賀谷は今、友達がいる。あのときとは違うから」


 俺や天江がいなくても加賀谷は一人で――


「斉藤くん、ミスが減ったと思ってるかもしれないけど、まだあの時から変わってないんだよ?」

「…………」


 分かっていた。海の家に来ても、まだ加賀谷のことを俺は引きずっていた。何回助けられたか分からない。それでも時間が解決してくれると思いたかった。


「まだ後悔してるんでしょ? だったら行かないと!」

「でも今は――」

「そうやって斉藤くんは、いっつも逃げていくよね。加賀谷くんとのことは聞いてて分かっているけど、私、そういうところ好きじゃないから」


 俺はなんでいつも大事なときに、安西さんにこんなことを言わせてるんだろう。

 昔は誰かが困っていそうだったら、声をかけていた。真っ先に行動どうしていた。困らせることも分かってて、それでもただ進んでいた。

 それなのに今は知らないと、言われないとできなくなっている。好きな人にも迷惑をかけている。そんなのって。


「悪い、安西さん、俺、行くよ。少し、一人にさせちゃうけど、ごめん」

「大丈夫、行ってきて。ちゃんと話してきて。そして――」


 安西さんに見送られて、加賀谷のところまで走っていく。

 そしての後の、安西さんの言葉は鮮明に耳に残っていた。


「カッコいい斉藤くんに戻ってきて」

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