第52話 安西さんと炎天下のお仕事

「お疲れ様、今日はごめんね。ほんとは覚えてもらうだけのつもりだったんだよ? あの子に会ったらきつく言っておくから。でも、まちのところで働いてるからかな、2人とも動きが違うね。即戦力だ」


 そう言いながら、沙季さんは笑っていたが、俺と安西さんは2人体制の急すぎるシフトで机に倒れていた。


「……ありがとうございます。でもちょっとこれは」


 ……もう、動けそうにない。

 あれからというもの、沙季さんに作り方や場所などを一から教えてもらったが、バイトの子がバックレたらしく、開店から俺と安西さんだけでキッチンを任されてしまった。


 作業量は安西さんの居酒屋よりも少なかったが、教えてもらってすぐにできるわけがない。沙季さんも作業で忙しく、俺と安西さんはほぼパニック状態の中、マニュアルと記憶を頼りに、なんとか乗り切っていた。


「安西さん、大丈夫? これ、飲んだ方がいいよ」

「……うん、大丈夫。ありがとう」


 そうは言っているが、安西さんは息を切らしていた。

 俺たちを苦しめていたのは、作業だけじゃない。海の家で今は夏。開放的な海の家にエアコンなどおいてあるはずもなく、30度を超える猛暑に体力も奪われていた。

 持ってきていたお茶を安西さんに渡す。安西さんは渡されてすぐ、紙コップに入ったお茶を飲み干していた。


「ほんとに、ごめんね。これ用意したんだけど、食べれないよね」

「……俺は、無理です」


 沙季さんが持っていたのは、夏の家の定番の焼きそば。ただ疲れすぎて食べる気力もわかない。俺はゆっくり首を振ると、沙季さんは「……そうだよね」と言って、小屋の方へ戻っていった。


 とりあえず、今はお茶を飲んで疲れを取ろう。安西さんはさっき飲んでたよな。だったらまだ飲むはずだし、替えを用意してあげた方がいいだろう。そう思っていたんだけど。


「安西さん、まだお茶飲む?――って、寝てるし」


 安西さんはこっちに顔を向けながら、すーすーと小さな寝息を立てていた。

 ここでも寝ちゃうんだな。

 起こさないようにそっと、着ていたパーカーを安西さんにかけて、お茶を取りに行く。その途中、小屋で片づけをしていた沙季さんが、声をかけてきた。


「斉藤くん、もう大丈夫なの?」

「いえ、まだちょっと疲れは残ってますけど、ひとまずお茶をと思って」

「そうだったんだね。じゃあ、これ、お茶入れておいたから」

「ありがとうございます」


 お茶を受け取ると、沙季さんは申し訳なさそうな表情で肩に手を置いてきた。


「本当にごめんね。もうこっちは片付け終わったから」

「いえ、大丈夫です。いずれ、やらなきゃいけないことなので、それが早まったと思えば」


 これから数日間はここでお世話になるんだ。今日は初日で何も分からないまま始まったとはいえ、今後も同じことをしていかないといけない。今日失敗したことは明日に活かさないと。


「ほんとに斉藤くんは町が言ってた通りの子だね」

「町さん、なんて言ってたんですか?」

「え? ああ、真面目で頼りがいがある子だって言ってたよ。謙遜することも多いとも言ってたかな。あとは娘が斉藤くんを――これは内緒にしておこうかな。いつか分かることだと思うよ」

「そうですか」


 娘が、ってことは安西さんのことだと思うけど、町さんなんて言っていたんだろう。安西さんがサポートしてるとかだろうか。いつも助けてくれているから、きっとそうに違いない。


「そういえば、こっちはもっと早めに言わなきゃいけないことだったんだけどね」


 改まってどうしたんだろう。

 他に沙季さんが俺に言うことなんて――


「2人には私の家に泊まってもらうから」


 え?

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