第51話 安西さんと海の家

『斉藤くん、こっち手が離せないから、そっちお願い!』

「分かりました」


『やきそばと、かきごおり!』

「はい、ちょっと待っててね!」


『兄ちゃん、どうや、こっちで飲まんか?』

「いえ、お、僕、未成年なんで」


『いらっしゃいませ、ありがとうございます~』

「ありがとうございます~」


 って、どうしてこうなった。



 時は数時間前にさかのぼる。


「キミたちが、まちが言っていた助っ人ね。……確か、斉藤くんと杏里ちゃん。今日は来てくれてありがとう! 今日からよろしくね! あ、私のことは気軽に沙季さきさんって呼んでいいからね」


 町さんから貰った地図を頼りに、安西さんと電車を乗り継いで、着いた場所には一人の女性が立っていた。セミロングのカールのかかった茶髪と褐色の肌が海の女性を思わせる。向日葵が似合いそうな女性だった。

 町さんが知人と言っていたから、歳が近いんだろうけれど、町さんと同じで大学生くらいに見える。


「いえ、そんな。こちらこそ、斉藤です、今日からよろしくお願いします!」

「君が斉藤くんか。ほんとに町が言ってた通りの子だね。誠実そう」

「それはどうも」


 町さん、どんなふうに伝えていたんだろう。


「それで、そっちが――」

安西杏里あんざいあんりです。お母さんがお世話になってます。これからお願いします!」

「やっぱり! 雰囲気がそっくりだったからすぐ気がついたよ。親子で似るものなのかな。陽介さんにも少しだけ似てるね。あの人はあれで働き者だったから――って、ごめんね。長いよね。よし、じゃあ、早速いこうか」


 そして、連れてこられた場所は、海がよく見える開放的な小屋だった。周りにはビーチパラソルや、机、ガーデンチェアが置かれている。小屋の中に案内されると、そこにはビールサーバーやかき氷機、ドリンクがいっぱい入った冷蔵ケースなど、多数の機材が置かれていた。


「ここでやってもらうんだけど、二人にはキッチンを担当してもらうから、そのつもりでいてね。まずは一通りメニューを覚えていこうか」


 そう言って、沙季さんはメニューの一覧を見せてきたけど――多い。ざっと目ただけでも50種類以上はある。安西さんも少し困った表情してるし。


「……えっと、沙季さん、これ」

「どうしたの? 斉藤くん、分からないことでもあった?」

「いや、ちょっと、これは」

「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと多いかもしれないけど、1個1個はそんなに難しくないから。町のところで働いている君たちだったらやれるよ」


 たしかに安西さんのところのメニューも多いけど。メニューを覚えてないものだってまだあるし。


「それじゃあ、一つ一つ覚えていこうか!」


 俺の長くつらい夏はこうして始まってしまった。

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