第50話 揶揄われる安西さん

安西あんざいさんと海の家って、何かあったんですか?」

「私の知人が今度、お店を開くのだけど、人手が足りないそうなのよ。それで聞いてみたの」


人手が足りないのなら、行った方がいいよな。だけど――


「……えっと、俺はいいんですけど、お店の方は……」


安西さんと一緒に海に行けるのだから正直に嬉しいし、行きたい。ただ、この居酒屋は安西さんとまちさんでは回りきってはいなかった。俺が入って少しは変わったと思うけれど、2人も抜けたら厳しいはずだ。


そう思っていたら、町さんはふふっと笑っていた。


「斉藤くんはいい子ね。お店のことも心配してくれるなんて」

「そんなことは……」

「ほら、そう言っちゃう。うふふ、ほんとに斉藤くんったら。あ、お店の方は大丈夫よ。少しあてがあるから」

「……あてですか」


ならいいか。ラノベはいつでも読める。勉強だって休憩時間にもできる。町さんも嘘はついてないみたいだし、行こう、海の家。


「じゃあ、俺も参加します」

「そう、よかったわ」


そう言って、町さんは一呼吸をおき、後ろを向くと、店内で清掃をしていた安西さんに向かって大声で叫んだ。


「あんり~! 斉藤くん、一緒に行ってくれるって!」


町さんの言葉で、安西さんが駆け足で近づいてくる。顔はすごく真っ赤になっていた。


「お母さん、なんで大きな声で言うの!?」

「あら、いいじゃない。行きたかったんでしょ?」

「行きたかったけど、そうじゃなくて!」


 きっといつもこんな感じで町さんに揶揄われているんだろう。町さんの背中をポコポコと叩く安西さんが可愛らしくて、つい笑みを浮かべてしまう。


「ほら、斉藤くんも杏里と行きたいわよね?」

「……えっと」


 急に振られて、何も返す言葉が浮かばない。続きを言わなければと思い、少し考えてみたけれど、結論はでなかった。というよりも――


 この質問はどう返したらいいんだ。


 安西さんと行きたいって正直に言ったら告白しているみたいだし、行きたくないっていったら断っているみたいに聞こえる。正直、正解なんてあるのか!? ある漫画では答えを選べないときは沈黙だって――


「ほら、困ってるじゃん!」

「そう?」

「そうだよ、ね?」

「いや、そんなことは――」

「ね!」

「そう、ちょっと困ってたんですよ」

 

 今日の安西さんは怒ったり、真っ赤になったり、喜怒哀楽が激しい気がする。そのおかげでなんとか告白しなくて済んだんだけど。


「そう? でも、斉藤くんは行ってくれるって言っていたから、杏里も迷惑かけるようにするのよ」

「分かってるよ!」


 安西さんはそう言って、俺の方を向きながら囁く。


「一緒に頑張ろうね」

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