第48話 斉藤くんと加賀谷くん②

「そんなこと言わないで!」


加賀谷かがやのことを話し終えた俺に、安西さんは立ち上がりながらそう告げた。

寝ているときの穏やかな表情は一切なく、怒気のこもった真剣な眼差しで訴えてくる安西さんに、俺はなにも言い返すことなんてできない。安西さんはそのまま言葉を続ける。


「斉藤くんも悪いところはあったと思うよ。でもさ、その子をいじめてたのは別にいるんでしょ? その子を助けようとしたんでしょ? だったら斉藤くんはそこまで背負うことない! 」

「……それでもさ、思うときがあるんだよ。加賀谷が俺を恨んでるんじゃないかって――安西さん?」


気づいたら、安西さんが俺の手をぎゅっと握っていた。一回り小さな手に包まれ、沈んでいた心が少しずつ晴れていく。


「じゃあ私が少しだけ背負ってあげるから。斉藤くんに私は何度も助けてもらってるんだよ? 一人だと辛いかもしれないけど、そのときは斉藤くんみたいに助けてあげる」


ほんとに安西さんには助けられてばかりだな。こんなことを言ってくれた人なんて、今までは誰もいなかった。母さんだって、天江だって、俺のためにこんなにも守ってくれる人なんていなかったのに。


「俺の方が安西に助けられてばかりなんだけど」

「私だって助けられてるよ?」

「それよりももっと他にもあるっていうか」

「じゃあ、もっと助けてあげる」

「それは……嬉しいんだけど、困るっていうか」

「……ぎゅってしてもいいよ?」

「それはほんとに困るやつだから! まだ安西さんとはそんな関係じゃないし。それにできたとしても俺が耐えられないから!」

「まだ?」

「あ、ちが!」

「冗談だよ。斉藤くんのこと、分かってるから」


 そう言って、安西さんはふふっと笑った。いつも寝ていて助けないといけないと思う時もあるけれど、起きてるときは頼りになるし、冗談だって言ってくる。そんな安西さんに俺は甘えてばかりだ。きっとこれからも。


「ありがとう、安西さん。もう大丈夫だから」

「……あ、うん」


 それから数分が経ち、安西さんはずっと握ってくれていた手を解いた。

 前まで感じていた痛みはどこかへ消えていた。

 

「……あ、勉強会。ごめん、安西さん」

 

 町さんは何も言わずに俺たちのことを見守ってくれていたんだろう。

 時計を見たら、勉強会の時間はとっくに過ぎていた。

 

「そんなの別にいいよ! こんどまたすればいいし!」

「じゃあ、また今度かな」

「うん。それと――」


「次に困ったことがあったら相談してね」


 こういうのは反則だと思う。

 好きな女の子にここまで言われたら、もっと好きになるのは当たり前だ。ほんと安西さんは俺のこと、どう思ってるんだろう。好きだって思ってくれていなくてもいいけれど、そう言ってくれるなら、こう返すしかないよな。


「そうさせてもらうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る