第40話 喜ばれる安西さん
『
「……隠していたつもりはないんだけどね」
『俺、安西さんのあのゴール見て感動しちまったよ』
「……ありがとう?」
『安西、陸上部に入らないか! 今からでも遅くない。お前のあのスピードだったら全国にだって行けるはずだ。優勝も夢じゃないかもしれない』
「……私はやりたいことがあって、部活に入るつもりはないんです」
やはりというか、テントに戻ってきた安西さんは、先生を含めて大勢の人に囲まれていた。
いつも教室で寝ている少女が、陸上部を上回るほどの、あれだけの走りを全員の前で見せたんだ。注目の的になるのも分かる。
俺も安西さんに「おめでとう」と言ってあげたい。
……だけど、さっきから続く、この胸の痛みは何なんだろうか。
「よ~しき、どうしたの? 安西さんに話しかけに行かないの?」
そんなことを考えていたら、
「……いや、俺は別に」
「な~に、
「は⁉ そんな訳ないだろ!」
「嘘吐いたってムダだって。顔にそうやって書いてあるよ? ほら」
そんな訳ないと思いつつ、天江に渡された手鏡で顔を見ると、いつも歯磨きしながら鏡で見ているときとは別人のような、沈んだ顔をしていた。
俺ってこんな顔するのか。
「ね? 分かりやすいでしょ?」
「そうだな。全然気付いてなかった」
「でしょ? だったら眠り姫の所に行って来たら?」
「いや――」
後からでも伝えられるから、と言おうとした瞬間、
「ねぇ、安西さん!
天江が大声で叫んでいた。テントの中にこだましたせいで、視線が俺たちに注がれる。
――斉藤って誰?
――あいつじゃね? あの子の隣にいる冴えない男子。
――なに、今から告白⁉
テントの中にいた先輩やクラスメイト達が、それぞれひそひそ話をする中、俺は天江の肩を掴んだ。
天江は思ったより反響が大きかったことに気付いたのか、やっちゃったと言いたげに苦笑いをしている。
「おい、天江、どうしてくれるんだよ!」
「ごめん、慣れないことをするもんじゃないね! けどさ、ほら、安西さんが見てるよ?」
そう言われて、安西さんの方を見ると、すぐに目が合った。
「ほら、行ってきなって」
天江に背中を押されて、よろけた体勢を元に戻そうと前に進むと、安西さんの目の前だった。
「天江さんがさっき言いたいことがあるって叫んでいたけど、何だった?」
安西さんがちょこんと首を傾げながら聞いてくる。
周りにいる人たちの視線で心臓の音が鳴りやまない。それでも、さっきまでの胸の痛みは嘘のように無くなっていた。
ああ、俺は、寝ているだけじゃない、頑張り屋さんで頼りになって、ちょっと天然な安西さんを、他の人には見せて欲しくなかったんだ。
今さらそんな嫉妬に気付いたところで、もう変わったりはしないけど。
今伝えられることは伝えておかないとな。
「安西さん、一位おめでとう」
「うん、ありがとう」
そう言って、安西さんはニコッと笑った。その笑顔はいつも見ている寝顔よりも可愛かった。
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