第39話 安西さんと400メートルリレー

「これより体育祭を開催いたします!」


 陽光が燦燦と降り注ぎ、運動場が生徒たちの熱気に包まれる中、各代表者たちの宣誓が行われ、体育祭が始まりを告げた。

 高校の体育祭は小中学校の運動会とは違い、保護者が観覧できるところは少ないそうで、俺たちの学校も例外ではなかった。それでも体育祭ということで、今年で最後になる3年生や、運動部の生徒たちが張り切っていた。


「斉藤は見に行かなくていいのか?」


 隣に座っていた立橋君が話しかけてくる。

 テントの前では団長が赤い旗を振りながら、選手たちを応援していた。その横には、競技を見たい生徒たちが集まっていた。


「俺はいいよ。今は棒倒しだし」


 安西さんが出るのは次の競技の400メートルリレー。それまでは暑い場所にいるよりもできるだけ涼しい場所にいたい。


「まぁ、斉藤の言うことも分かるわ。棒倒しはそんなに見たいと思うものじゃないよな」


 共感してくれた立橋君に頷きつつ、椅子の横に置いていた水筒を手に取る。

 その瞬間、ピィーっと笛の音が鳴った。


「赤組が勝ったらしいぜ」


 テントの前に集まっていた赤組集団が、棒倒しに参加していた生徒たちと喜び合いながらテントに戻ってくる。


「じゃあ、俺行くわ。斉藤は眠り姫の応援だろ?」

「な⁉ そんなことは――」


 ないわけはないんだけど。

 立橋君が気づいていたことに驚きを隠せない。


「いつも眠り姫のこと気に掛けてるもんな。隣の席にいて気付かない人なんていないって」

「そうか?」

「そうだよ。クラスの大半は知らないと思うけど」


 近くにいたら気づかれやすいのか。居酒屋のことは天江以外バレていないっぽいけれど、とりあえず今度からは気をつけないと。


「……他の人には言うなよ?」

「分かってるって。ただ、俺のことも応援してくれよな」


そう言って、立橋君は走っていった。

団長たちがまた、テント前に集まっていく。


「俺も応援に行かないとな」


 ロープで仕切られた場所まで足をすすめると、第一走者が今にも走り出そうとしていた。その中には委員長もいる。


――あの天使様も出るんだってよ。

――まじか、ぜったい見逃せないだろ。


 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 確か5組の人だっけ。天江が勝手に名付けた天使様も出ているそうだった。


 パンッと空砲の音が響き渡る。

 解説を担当している放送部が「白組早い! 赤組がんばれ」と声援を送っていた。


 一番早いのは白組か。委員長は少し出遅れてるな。

 白組はすでに第二走者にバトンが渡っていた。黄、橙と続々と第二走者にバトンが渡る。委員長は半周遅れでバトンを渡していた。

 第二走者と第三走者の人は陸上部だけど。


「安西さんは最終走者か」


 第三走者の待機している場所には安西さんがいなかった。

 一位とは半周差。他の色にも陸上部がいるだろうし、縮まっても一位は難しい。せめて三位がいいところだろう。


 赤組の第三走者にバトンが渡る。最終走者がレーンに並んでいる中、安西さんも並び始めた。

 一位とはまだ距離がある。

 団長が勢いよく旗を振っているが、周りの人はもう負けると思っているのか、テントに戻っていく人もいた。

 それでも――


「安西さん、頑張れ!」


 俺は小さな声でそう言っていた。

 安西さんにバトンが渡る。その瞬間、全員が口を揃えて同じ言葉を告げた。


「……すごい」


 綺麗なフォームでスタートを切った安西さんが、風のように走り、他の選手を次々と抜いていく。

 走りに見入っていたら、すでに安西さんは一位の白組の選手の隣を走っていた。


「いけ、安西さん!」


 ゴールテープが数メートルに迫る。しかし、安西さんと白組の選手は拮抗していた。

 どちらが先にゴールするのか分からない緊迫感で、周りにいた人も解説をしていた放送部も誰も声を出していない。


 ゴールとの距離は数センチ。その瞬間、安西さんが身体を前に出した。

 ゴールテープが下に落ちる。


 そして――


 赤組全員が大声で叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る