第35話 雨の日の安西さん
「じゃあ、今年の体育祭はこれでいこうと思うから、みんな頑張ろう!」
「「「おー!」」」
人数合わせのための種目決めが早く終わり、騎馬戦のチーム決めや全員リレーの順番まで何事もなく決まってしまった俺たちは、すぐに解散となった。ただ俺は昇降口の前で立ち止まっていた。
「どうしてこんなことに」
ゴロゴロと外で激しい音が鳴る。下駄箱で鞄の中を見たら傘が入っていなかった。
今日はバイトの日で、いつもと帰り道が違う。家までは駅直通で少し濡れるだけだからと置き傘はしていない。
「終わった」
同じシフトだけど、安西さんに頼るのもな。この時間はまだ寝ているはずだし。まぁ少しなら。
そう思い、帰ろうとしたときだった。
「どうしたの、傘忘れた?」
安西さんが隣にいた。
「うん、忘れちゃってさ」
「……そうなんだ、じゃあこれ使う?」
安西さんが左手に持っていた橙色の傘を向けてくる。
「いいの? 安西さんは――」
「私は予備を持ってるから」
そう言って、安西さんは駅の方へ走っていった。やっぱり優しいな、安西さん。
そうして、俺は傘を差しているにも関わらず、大雨でビショビショになりながら、安西さんの居酒屋に着いた。
傘がひっくり返るほどの強風と大雨なこともあり、店内はまばら。俺が居酒屋へ着くと町さんがタオルを持って待っていた。
「この雨だものね。これ、使って」
「ありがとうございます」
町さんにタオルを貸して貰い、制服に着替える。数時間、ホールの仕事をしたところで、町さんから早めの休憩を告げられた。
そういえば安西さん、400メートルリレーに出ることになったんだよな。走ってる姿なんてみたことないけど大丈夫なんだろうか。
体育は男女別なので当たり前だが、安西さんが走っているところなんて、ほとんど見たことがない。
今回のことは、寝ていた安西さんが悪くはあるのだが、どうしても気になる。それにさっきのお礼もしなきゃいけないしな。
「さっきは傘貸してくれてありがとう」
ということで、休憩スペースに入った俺は、安西さんに声をかけた。
「いいよ、お互い様だしね。協力しなきゃ!」
安西さんに傘を渡し、椅子に座る。そして俺はもう1つ気になっていたことを聞くことにした。
「ねぇ、安西さん、400メートルリレーに出ることになったけど、大丈夫?
「……え? そうなの?」
「知らなかったの?」
まさか寝ていて種目決めが行われていたことも知らなかったとは……。
いくらなんでも寝るタイミングが悪すぎる。
「……うん、今日は眠たくて。でも大丈夫だよ、走るのは得意だから!」
「そうなんだ。なにかやってたの?」
「中学校までは――」
そう安西さんがなにかを言おうとした瞬間、町さんの声が聞こえてきた。
「杏里、休憩の時間過ぎてるわよ、戻ってきなさい!」
「うん、わかった」
安西さんが机に置いていた教科書を片付けていく。
「じゃあ、私いくから」
「うん、頑張って」
結局、休憩後も勉強会後も安西さんからその後の言葉を聞くことはなかった。
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