第36話 バトンパスする安西さん

鷹先の授業が終わって、待ちに待った昼休み。授業で疲れたクラスメイトが席を移動して、仲良く弁当を食べ始める中、俺は購買に向かっていた。


バイトを初めてからというもの、早起きするのが無理になり、弁当はおろか、朝御飯すら作れていない。


授業中に腹の虫が鳴らなかったとはいえ、とっくに限界を向かえていた。


「安西さんには聞かれたくないし、早く購買にいかないとな。焼きそばパン、売り切れるかもしれない」


購買でパンを買うため、廊下を早足で進む。そんなとき、中庭の方から委員長の強めな声が聞こえてきて、俺は体を向けていた。


「安西さん、今日の放課後、バトンパスの練習しない? このままだとさ、私たち負けちゃうかもしれないし」

「ごめんなさい」


さっき教室にいなかったと思ったけど、安西あんざいさん、こんなところにいたのか。

中庭では安西さんが、委員長たちと話していた。安西さんが頭を下げると、委員長は不機嫌そうな顔を浮かべた。


「……えっと、どうしてか聞いてもいい?」

「……いや、ちょっと、ごめんなさい!」


そう委員長たちに告げて、安西さんはどこかへ走っていく。


「……行っちゃった。これで何回目だろう」

「やっぱり無理だって。安西さんなしで練習しよ?」

「でもさ、それじゃあ絶対勝てないじゃん。皆も勝ちたいでしょ?」

「……そうだけど」


もしかして、安西さん、居酒屋があるから断ってるのか。そうだとしたら、バイトの俺がなんとかしないと。


「安西さん、俺がいるからさ。委員長たちと練習してきてよ」


放課後、俺は安西さんが起きるのをみて、声をかけた。


「……でも」


まだ俺はバイトを初めて間もないから、心配なんだろう。そんな遠慮することでもないのに。


「心配ないよ、まだ分かんないことばかりだけどさ、町さんにも手伝ってもらって」

「ほんとに大丈夫? 前みたいなことがあったら」


そうか、安西さんはあのときのことを引きずって。でも俺はーー


「大丈夫だよ。俺のこと見ててくれたよね。前みたいに何とかして見せるよ」

「分かった。じゃあ、バトンパス」


 そう言って、安西さんは俺の手にポンッと手を重ねた。


「うん、受け取った」

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