第32話 席替えする安西さん

「じゃあ、お前ら席に着け。今から席替えをするから、出席番号順にこのくじを引きに来るように」


 天江あまえが言っていた通り、次の授業で席替えをすることになった。鷹先の目の前には小さな籠があり、その中には数枚の紙が置かれている。

 鷹先が席替えの話をすると、よっしゃ、という声がどこからか聞こえてきた。


 二カ月間同じ席だったから浮かれるのも分かるけど、席替えか……。


「普通は嬉しいけど、今は嫌だな」


 隣を横目で確認する。そこには、こっちに顔を向けながら寝ている安西さんがいた。


 この寝顔が見れなくなるのは嫌だな。他の男子達も当然、安西さんの隣を狙っているはずだけど、できるならまた隣になりたい。ただ、このクラスは男子十四人、女子十七人の計三十一人。隣になる確率は極めて低い。


安西あんざい、お前の番だぞ。……まぁ、いいか。次の奴引きに来い!」


 気づいたら、安西さんの番まで回っていた。安西さんが寝ていて、引きに来ないことが分かっていたんだろう。鷹先が次の人を指名し、後ろに次の人が待機し始める。


「そろそろ俺の番か」


 前の席の人が立ち上がり、俺も後ろをついていくことにした。順番が回ってきて、紙を適当に選び、席に戻る。


「できるだけ後ろの席がいいけど」


少しだけ開くのをためらいながら、俺は折られていた紙をゆっくりと開いた。


『十一番』


 ……真ん中の一番前の席かよ。


 黒板にはすでに番号と座席の位置が書かれているので、変更はできない。

それに、安西さんが隣の席になったとしても、前の席だったら起こされる可能性がある。


「……終わった」


はぁと、ため息を吐きながら教室を見渡す。少しは数字が見られるかと思ったがダメだった。


「全員引きに来たな。じゃあお前ら、それぞれ番号の位置に移動するように」


31番の渡辺君が引き終わり、机に戻ったのを確認した鷹先がそう言うと、クラスメイトたちが一斉に机を動かし始める。


「安西さんの席は――」


ゆっくりとぶつからないように席を移動し終えた俺は、クラスメイトたちが隣になったことで喜び合う中、安西さんの席を確認した。


安西さんは前と変わらない窓際か。隣は天江あまえなんだな。じゃあよかった。


「お、安西の席は――変わらないか。お前ら、全員静かに! 今日からこの席になるから、あまり授業中騒がないようにするんだぞ! そして、この後は自習にするから、静かにな」


鷹先がそう言って、教室を出ていこうとする。その瞬間、一人の生徒が手を挙げた。


「先生! 私、目が悪いので斉藤くんと席を交代したいんですが、いいですか?」


 天江?

手を挙げていたのは、安西さんの隣の席になった天江だった。


「ああ、もちろんいいぞ」

「斉藤、天江と席を変わってやってくれ」

「分かりました」


何が起こったのか分からず、俺は机を持ちながら後ろに向かう。


「交代してあげたんだから、頑張ってよね」


すれ違った瞬間、天江にそう言われ、俺はまたもとの場所に戻っていた。


「他に目が悪いってやつはいるか? ――いないようだな。じゃあしっかりと自習するように」


そう言って、鷹先は教室を出ていった。


天江にはあとでお礼をしないとな。


俺の席の左隣では今日も安西さんがこっちに顔を向けて、気持ちよさそうな顔で寝ていた。

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