第20話 変顔する安西さん

「安西さん、そこ間違ってる」

「え? あ、ほんとだ。マイナスつけ忘れて、答えが違う。ありがとう、教えてくれて」


 勉強会を始めてから一週間、俺と安西あんざいさんは放課後、安西さんの家で毎日、勉強会をするようになっていた。最初は追試のために英語を教えていたが、安西さんは飲み込みが早く、俺が作った簡易なテストも満点。これだったら追試も合格点が取れるはずということで、他の教科の勉強も一緒にするようになったわけである。


 まぁ開店前に勉強会とはいかず、ずっとお手伝い付ではあったけれど。


 そういえば、あれから安西さん、毎日一限は起きてるんだよな。

勉強会をした翌日、安西さんは何故か一限の数学の時間ずっと起きていた。クラスで「眠り姫が起きた!」と噂になったほどだ。最近は二限も起きているのを目にすることがあるし。何があったのかちょっと気になる。一応聞いてみるか。


「そういえば、安西さん、最近、授業中起きてるよね。何かあった?」

「う~ん、どうしてなんでだろう。最近は眠くならないんだよね」

「そうなんだ」


 安西さんも理由が分かっていないのか。でもいつも居酒屋のお手伝いで忙しい安西さんだ。そんな変わったことなんて――


「あっ!」

「ふぇっ? どうしたの」


 思わず発した大声で、安西さんが机の下にペンを落としてしまう。


「あ、ごめん、俺が拾うから」


 俺は机の下に転がってしまったシャーペンを拾い、安西さんに渡した。


 そうじゃん。今、これ、勉強会。安西さんは前までこんなことやっていなかったはずだ。英語を教える前に宿題を一緒に片付けているし。睡眠時間が増えていてもおかしくはない。安西さんはそれに気づいていないってことだけど。


 ちらっと安西さんを見ると、眠たそうにあくびをしながら、問題集を解いていた。

 勉強だけじゃなくて他にも役に立っていたんだな。少しでも役に立ったらと思っていたけれど、なんだか嬉しい。


「どうしたの、変な顔になってるよ?」

「いや、別に何もないよ」

「そう? でもこんなんだったよ?」


 安西さんが見たこともない不気味な笑みを浮かべる。そんな安西さんの顔がおかしくて――。


「ぷっ、何その顔!」

「いや、キミが!」

「いや、安西さんが!」


 そして笑い合うこと数秒、まちさんがカーテンの奥から出てきた。


「ふたりともそんな変顔して何やってるの? さ、もう時間だから、斉藤さいとうくんも帰る準備してね」

「はい、分かりました。じゃあ、ごめん安西さん。また今度教えるから」

「うん、また明日」


 それから俺は町さんに家まで送り届けてもらった。

 車から降り、お辞儀をする。いつもはこの後、すぐに町さんは家の方へ戻っていくんだけど、何故か今日は一緒に降りてきた。


「……えっと、どうかしましたか?」

「うん、ちょっと、話したいことがあって、ね。斉藤くんには迷惑になってしまうかもしれないけれど」

「いえ、迷惑だなんて」

「じゃあ、言うわ」


 そういって、町さんはゆっくりと口を開いた。


「斉藤くん。私たちのお店でちゃんと働く気はないかしら?」


 え?

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