第21話 斉藤くんの母親は。

「その提案は――」


もちろん引き受けたい。ただ――。


「嫌だったらはっきりいって構わないわ。今も手伝って貰っているけれど、本当は娘に勉強を教えてくれているだけで、嬉しいんだもの」


そう言って、町さんはニッコリと笑った。

やっぱり親子だ。安西さんと笑い方がにている。


「それに杏里あんりも最近、寝る時間が早くなっているのよ。前は先生から毎日授業中に娘さんが寝ていますと言われてビックリしたけれど、今は起きているみたいだしね。それもこれも多分、斉藤くんが杏里を助けてくれているお陰だと思うから」


「いえ、そんな大層なことなんてしていないですよ」

「そんな謙遜ばかりして、斉藤くんはそこがよくないわ。まだ若いんだもの。素直に褒められておけばいいのよ」

「……そうですよね。ありがとうございます」


そう言ってもらえるだけで、すごく嬉しい。安西さんとあってまだ少ししか経ってないけれど、何度も安西さんと町さんに救われている気がする。


「で、どうかしら、お店でちゃんと働く気はない?」


うん、もうこれしかないよな。出来ることであれば安西さんたちを助けてあげたい。


「えっと、働かせて貰ってもいいですか?」

「え? ほんと? うん、もちろんよ、嬉しいわ。じゃあ、これなんだけど」


そう言って町さんが渡してきたのは一枚の紙だった。


「ごめんなさいね、引き受けてくれたのに。この紙なんだけど、高校生はバイトするのに親御さんの許可が必要でね。親御さんの名前と捺印貰ってきてほしいのよ」

「……親御さんですか?」

「そうねぇ。お父さんかお母さんの方がいいかしら」


……やっぱり許可が必要だよな。


「……えっとこの紙、今度渡すってことにして貰ってもいいですか? 両親に話したら時間がかかっちゃうと思うので」

「もちろんよ。今は夜遅い時間だし。ゆっくり考えてもらっていいから。けれど、斉藤くんがうちで働くのを楽しみにしているのは私だけじゃないことを覚えておいてね」


そう言って、まちさんは車に乗って、帰っていった。


「……親御さんの承諾か。最近、一回も話してなかったな」


町さんを見送り、玄関の扉を開け、自室に戻った俺は、すぐにベッドにダイブした。


一週間以上、安西さんのお店のお手伝いをしているが、まだ身体は慣れない。毎日、帰ったらすぐ寝てしまう。ただ今日は町さんの言葉で眠れそうになかった。


「前に電話したのいつだっけな」


母さんとも父さんとももう何年も会ってはいない。三者面談のときもおばあちゃんが来てくれていた。


繋がるか分からないけれど、一応かけてみるか。

深夜にかけるのはよくないと思うけれど、母さんならまだこの時間も働いているはずだ。


俺はスマホをタップし、少なくなった電話帳の中から母さんと書かれた文字を押した。

繋がればいいけれど、


「もしもし、母さん」

「何? あ、芳樹よしきね」


繋がった。このまま切られないように話をしよう。


「母さん、俺さ、バイトを――」

「なに、電話なんかかけてきて、忙しいっていつも言ってるわよね」


そうだよな。分かってた。小学生のときからいつもそうだった。仕事が忙しくて帰ってこない。こういう人なんだ母さんは。


「……うん、そうだけどさ、バイトを、バイトをしたくて。親の許可がいるらしいんだ」

「バイト? お金は送っているわよね。まさかそれでも足りないっていうの?」

「いや、違――」

「ま、どうでもいいわ。勝手にしなさい。引き出しに印鑑や書類があるでしょ? いつも通り好きに使って。これからは、あまり電話をかけてこないでちょうだい」


そう言って、母さんは電話を切った。プープープーと音が鳴る。

やっぱり母さんは母さんだったな。

俺は紙に印鑑を押し、母さんの名前を書いた。

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