第16話 赤点だった安西さん

 放課後、誰もいなくなった教室で、俺は安西さんに呼び留められていた。


「……えっと、安西あんざいさん? 勉強教えてってどういうこと?」


 順位表に載っていた安西さんの順位は二十五位。決して悪い数字ではないはずだ。むしろ一五〇人くらいいる中でこの順位はいい方だと思う。


「……あの、ね、まずはこれを見て欲しいんだけど」


 そう言って、安西さんが見せてきたのは一枚の解答用紙だった。左上に英語と書かれたその用紙は○とチェックが同じくらいについている。


「普通のテストだと思うけど」


 そのまま右上に視線を移すと、安西さんが言いたかったことがすぐ理解できた。


「……三十九点」


 今回は高校生になって初めての定期考査。五月ということもあり、テスト範囲は教科書と問題集から十ページ程度と非常に狭かった。国語と数学で七十点という平均点が出る中、英語に関しては平均点が八十点を超えてしまったのだ。


 つまり安西さんは――。


「赤点」

「そうなんだよね。だから、斉藤くん、教えてくれないかな!」


 お願いと頭を下げながら、ちらっとこっちを見てくる安西さん。

 頼まれて嫌な気はしないけれど。


 俺ができることなら、彼女のために何かしてあげたい。それで安西さんが少しでも救われるならもっと。でも――。


「俺なんかでいいのか? あまえ――天江さんはもっと成績良かったし、話しやすいんじゃないかって」


 天江は昔から頭がいい。中学生のときは学年一位をとり続けていた。

 今回のテストでも学年二位で、五教科中三教科満点を叩き出していた。その中には安西が赤点を取ってしまった英語も含まれている。お節介で考えすぎかもしれないが、男子よりも女子の方が話しやすい気がするし。


「え、天江さん? そうだね、天江さん、成績良かったもんね。クラス一位だっけ?」

「そうそう、その天江さん」

「そうだよね、その天江さんだよね」


 安西さんが、う~ん、でもな~と頭をゆらゆらと揺らしている。

 何か変なことを言っただろうか。


「……えっと、安西さん?」

「あ、ごめんね。う~ん、でもね、天江さんと話したことないんだよね。次に成績がいいのは斉藤くんだったし」


 そう言って、安西さんは一呼吸おいた後、顔の前で手を合わせながら、ニコッと笑った。


「キミが良いんだけど、ダメかな?」


 予想外の一言に、思わずドキッとしてしまう。

 こんなこと言われたら、お節介な人じゃなくたって、男だったら誰だってこういう返事をするだろう。


「もちろん、俺で良かったら」

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