第28話 対潜水艦戦
気負って出撃したものの、敵潜はそう簡単に見つけることができなかった。敵は主要港湾に機雷を空中から敷設したことで、商船狩りに労力を割くことをやめたのだろうか。
三日あまり潜航していたこともあって、磯垣は浮上を令した。蓄電池も艦内空気も限界というものがある。最初から頑張りすぎても、あとが続かなくなるのは目に見えている。精神力だけではどうにもならない現実がある。
「そういえばドイツは自動追尾型の魚雷を実戦で使っていたと聞くが」
「そこそこ成果を上げたらしいですが、何か囮を曳航するとそちらに向かっていってしまうそうです」
水雷長はさすがに専門だけあって研究しているようだ。
「それよりも、米軍は航空機から投下する音響魚雷を使っています。我が軍にも被害が出ています」
「潜水艦からではないのか?」
「そこら辺りはわかっていませんが、昨年黄海で駆潜艇が音響魚雷による攻撃を受けたのではと言われています」
「そいつはまたここに来ているかな。お手合わせ願いたいものだな」
水雷長と航海長が頷く、どうせならば強敵の方が面白い。
「音響魚雷か、どれくらいのものなのか」
「浮き上がれば回避できると聞いています」
「航空機相手ならばどうなるんだ、賭けだな」
「艦長充電完了しました」
機関長が満充電を知らせた。
「三〇分後に潜航する、交代で甲板に出ておけ」
今日の黄海は波浪もなく、風もない、のんびりとした穏やかな海である。
「艦長、スクリュー音です」
「敵か?」
「はい、潜水艦です」
来たか、だがどうする。
「浮上する、相手を潜望鏡深度まで引き寄せる」
「艦首発射管発射用意」
「敵潜動きました。距離三千、方位二二五」
来い、やってこい。
「敵潜、機関停止しました」
気付かれたか、ならば猶予はない。
「一番、二番発射」
「急速潜航、深度七〇」
「敵魚雷発射しました」
「機雷放出用意」
「放出」
実は、呂号五〇四潜には実験的に機雷放出装置がつけられていた。
言葉はいかついが、実態は単なる機雷の入った木箱だ。その中に収められた機雷にはネットが取り付けられている。
相手潜の前面に放出できれば面白いことが起こるかもしれない。
「相手魚雷の雷速十二ノット程度です。円弧を描いています」
「索敵中だと思われます」
「メインタンクブロー、浮上後、敵潜の潜望鏡を探す」
こちらの魚雷は外れたか躱されたか、やはりうちっぱなしで潜水艦をとらえるのは、無理があるようだ。
突然大爆発が起こった。敵潜が機雷に引っかかったに違いない。
「全速前進、敵音響魚雷を振り切る」
「敵潜沈んでいきます」
魚雷よりも何よりも一番単純な機雷が有効ということか。
「魚雷戦もとい」
魚雷は発射しなかった場合は発射管の海水を抜き、魚雷を艦内に戻さなくてはならない。海水よりも水圧に弱いのだ。
場合によると主機が回転しない冷走を引き起こす原因にもなる。
水雷科員の苦労はこんなところにもあった。
その後は二週間ほど哨戒作業に従事したが、とうとう敵潜水艦には会合できなかった。
貴重な燃料に見合ったのだろうか。七月になり、磯垣は帰投を決めた。
ドン亀 帝国海軍呂号潜水艦奮戦記 ひぐらし なく @higurashinaku
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