第27話 新任務
別府で負傷兵を下ろし、呂号第五〇四潜は呉に向かった。一応掃海は済んでいるらしいが、念のために見張りを増やし浮上走行で帰投することにした。
敵の艦載機が来ないことだけを願った。潜航できない、弾薬はない、まさしくぎりぎりの状況だった。
やっとの思いで入港した呉で待っていたのは、悪い知らせだった。磯垣の先の乗艦であった呂号第三十二潜が太平洋、小笠原方面で消息不明になったという。
艦長小田大尉以下の顔が一瞬にして思い出された。実直な人物だった。奥方と二人の子供がいたはずだ。軍人だ、戦場で死ぬのは覚悟の上だろうが、残された家族のことを思うといたたまれない気もちになる。
磯垣自身も妻子はいる。跡継ぎを残すのも軍人として、また臣民の責務だが、それでいいのかと思うことも正直ある。
戦死による二階級特進で海軍中佐、また上官になられましたね。磯垣は心の中で小田の霊に手を合わせた。
弾薬、魚雷、燃料の搭載を受けると、呂号第五〇四潜は朝鮮半島方面の哨戒につくことになった。燃料備蓄は既に底をつきかけている。が、大型艦船が事実上動けない状況にあるため、小さな潜水艦にはまだ補給があるらしい。
「敵は大陸からの物資を遮断にかかっている、従って君の相手は潜水艦だ」
磯垣は、上司である鎮守府の参謀から言われた言葉に耳を疑った。
「潜水艦を沈めろ、ということですか」
「潜水艦が潜水艦を撃沈することの難しさはわかっている、しかし君の艦のソナーは最新のものだ、しかもソナーマンもベテランではないか。航路帯もわかっている、試してみる価値はあるだろう」
「と、いうことだ。どう思う」
帰艦した磯垣は、航海長、水雷長、それにソナーマンの先任兵曹を集めた。
「意見を申し上げてよろしいでしょうか」
「そのために君を呼んでいる、遠慮せずに意見を言いたまえ」
基本的に兵学校、機関学校、主計学校出身の海軍士官は、下士官兵に対してぞんざいな物言いはしない。それはある意味エリート意識の裏返しだった。もともと住む世界の違う人間に偉さを見せつける必要はなかった。
「方位と距離は岳ならばほぼ確実にわかります。速度は海水温度が推定ですので完全とは言い切れません。あと敵の深度は、魚雷を命中させる精度ではわかりかねます」
先任兵曹の答えは磯垣にも納得のいくものだった。
「つまり、相手が潜望鏡深度にでもいなければ、命中させられないということか」
航海長が言う。
「船団に張り付くか、待ち伏せするかですね」
「送り狼の後を追う猟師か」
「本艦を囮にするか」
「それも手段ではありますが、呂号に飛びついてくれますかね」
「やってみるか」
「航海長、総員を岸壁に整列させてくれ、直接今回の行動について話をする」
訓示という形で磯垣の話を聞いた、乗員は顔を輝かせた。今までできないとされていたことに挑戦する。それはやはり楽しいことだ。たとえそれが命を懸けることであっても、やる意味はあるらしい。
「以上だ、直ちに出港用意。別れ」
五分後、呂号第五〇四潜は対馬海峡に向けて出港した。
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