第26話 触雷

 豊後水道に入って、磯垣は浮上を令した。さすがにこの狭水道を潜航したままで航行するつもりはなかった。

「艦長、掃海艇が作業中です」

 掃海艇の艦橋上で信号兵が手旗を振っていた。


「ワレ、テキキライノショリチュウ、アトニツヅケ」

 敵は瀬戸内海航路を封鎖する計画なのだろう。まさか潜水艦、ましてや水上艦艇の仕業ではないはずだ。B29を使っての空中からの敷設に違いない。

 小さな木造船ぐらいは大丈夫だろうが、商船、輸送船に対しては脅威だろう。


 掃海部隊の苦労に感謝しつつ、磯垣は慎重に艦を進めた。

 戦時中でも瀬戸内海の往来はそれなりにあったが、今はめっきり減っている。かつての賑わいを知っているだけに、磯垣は気が重くなった。そして、こういった状況を招いたことに、海軍の軍人として忸怩たるものを感じた。


 目前で突然立ち上がった火柱が、一瞬にして磯垣の感傷を吹きばした。

「触雷です」

 見張り員の言葉を待たずとも艦橋にいる磯垣にもわかった。眼前の掃海艇が吹っ飛んだのだ。


「機関停止、周囲の状況に注意しつつ、生存者の救助にあたれ」

 無理だろうと思う、掃海艇は跡形もなく吹っ飛んだ。基本的に掃海艇は小さい呂号潜水艦よりまだ小さな木造船だ、それですら引っかかったのだ。呂号第五〇四潜が適当に動くわけにはいかない。


 潜水艦にはカッターのような救命艇はない。そもそも人命救助には向かないのだ。

 救命浮環を投げ込むか。自力で泳いできてもらうしかない。機関を動かしていれば、というよりペラを回して近づくと犠牲者を出す危険もあった。


 同僚の掃海艇がカッターを下ろすのを、磯垣たちはやきもきしながら眺めるしかなかった。それでも意識を失い海面に浮かんでいた掃海隊員を二名ほどは救助した。軍医長が甲板に出て応急措置をとった。

 帝国海軍では小さな潜水艦でも軍医が乗っている。これはドイツ海軍などでとはちがっているところだ。


 実のところ、普段の主な任務は精神的に参ったものの相手なのだ。呂号第五〇四潜の佐野医務中尉は専門は外科だと聞いたことがある。今日のような仕事が本来の姿なのだ。水を得た魚のように仕事をしている。

「艦長、施設のある所に搬送の要があります」


 入港できる港、佐伯に海軍病院はあるが距離がある。

「別府に入港する、通信士、主計士、手配を」

「艦長、掃海隊から手旗です。ご配慮感謝する、以上です」

 無電を傍受したのだろう、知らせる手間が省けた。

「返信、貴官ならびに掃海隊一同の任務達成に感謝する。ご無事を祈る」


 別府までは、ほんの数海里だ。それでも航路上は機雷に触れる危険があった。

「手空き総員、甲板にて見張りにあたれ」

 専門の掃海艇ですら触雷したのだ。万全の注意が必要に違いない。

 それと万が一触雷した場合でも、甲板にいれば生存率は上がる。操舵と機関を運転するものは持ち場を離れることができない。

 そう言った意味で、機関科員は常に割を食っていると、兵科士官である磯垣は思うことがあった。

 彼らのためにも、操艦には責任を待たなければならない。




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