第25話 絶望感

 ただ、対空戦闘を期待されたこともあって、弾薬はそこそこ搭載されている。

 敵機が高度を下げてくれさえすれば、戦力にならないというわけでもないだろう。

 もっとも、呂号第五〇四潜の速力は遅い、しかも舵の利きも悪いということもあって戦隊の真ん中で戦うわけにはいかない。

 友軍の回避運動の邪魔になってしまう可能性があった。


「大和沈みます」

 既に航空機の優位は海軍軍人の常識になりつつあったが、それでも、帝国海軍の象徴のような戦艦が沈められるとなれば信じたくないものだ。


「生存者の救助に向かう」

 潜水艦はその形状から言って人命救助には向かないが、少しでもという気持ちが磯垣を動かした。

 沈没を免れた雪風などの駆逐艦が、内火艇を下ろしているのが見える。


「敵機突っ込んできます」

 海面に向かって攻撃するつもりが見て取れた。救助作業中に攻撃を仕掛けるとは。

「外道どもを許すな、対空射撃はじめ」


 磯垣の怒りが形になったのか、敵機が二機ほど連続して堕ちた。

 敵の戦闘機が、突っ込んでくる。海面にミシンの縫い目のように正確に水柱が立ち上がる。

 船体をハンマーで殴りつけるような轟音が響く。

 上昇していく敵機のエンジン部分から火と黒煙が出た。


 一気に速度を失った敵機は、横転すると頭から海面に突っ込んだ。

 搭乗員が被弾したのかどうか、脱出する暇もなくそのまま水柱をあげた。


 駆逐艦「霞」「磯風」の処分を終え艦隊は呉に向け航行を始めた。

「潜航用意」

 呂号第五〇四潜は、第二艦隊の指揮下に入ったわけではなかった。援護目標がなくなった以上は呉に戻るべきだろう。


 魚雷もなく連装機関砲の弾丸もほぼ底をついている以上、敵と遭遇してもできることはない。せいぜい体当たりぐらいしかできることはないが速度のない呂号では戦果をあげられるとは思っていない。


 発令所の空気は重い。当然だろう、目の前で「大和」の沈没を見たのだ。

「艦長、敵艦のエンジン音がします。どうやら潜水艦のようです」

 ソナーマンからの報告が発令所に響く。

「浮上航行中か?」

「おそらくそのようです」


「航海長、砲戦を挑むか」

 発令所を異様な熱気がつつんだ。

「浮上後、機関砲及び主砲で敵潜を撃沈する」

「メインタンクブロー」


 潜望鏡に映る敵潜水艦は、大和撃沈を知らされているのか、どことなく余裕が感じられる。

 呂号第五〇四潜の乗組員は戦いに渇望していたのだろうか、浮上から主砲の初段発射までものの数分しかかからなかった。


 双眼鏡の中に右往左往する敵兵が見える。

「弾ちゃーく」

 敵潜の前部、魚雷発射管あたりで爆発が起こった。

「弾ちゃーく」

 連続して、先ほどとほぼ同じ位置に主砲弾が命中した。


 続けて敵の主砲が吹っ飛ぶ。

「敵の艦橋を狙え」

 白旗をあげる前に撃沈するつもりだった。

 狙いたがわず、艦橋で砲弾が破裂する。


 ただ命中弾はあっても所詮は小口径だ。撃沈というわけにはいかない。

「爆音、敵機です」

「射撃止め、急速潜航」

 撃沈とまではいかないが、おそらくはもう廃艦になるだろう。道連れにされることもない。八つ当たり的ではあるが、とりあえず乗組員の留飲は下がったに違いない。


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