第20話 逃げるしか
しかし、今から追撃して機動部隊に追いつくものか、少なくとも浮上航行でなければ絶対に無理だった。
呂号第五〇四潜は対空戦闘配置のまま豊後水道を通過、日向灘にでたところで、上空を一式陸攻の編隊がフライパスしていく。胴体に白く塗られた物が搭載されている。
随分重そうだというのが、磯垣の正直な感想だ。あれで敵機の攻撃をかわせるのだろうか。素人の磯垣が心配することではないかもしれない、さらに上空を護衛の戦闘機隊が行く。
「我々の出る幕はないかもしれないですね」
航海長が言う。
「確かにな、航空機の方が攻撃力はあるだろう。ただ待ち伏せて仕留めるという方法は彼らには取れんからな」
「考えようによれば卑怯かもしれませんね」
「それを言うな、戦は勝つことがすべてだ」
「敵機です」
見張り員の報告とほぼ同時に、上空の戦闘機隊が散開した。
「急速潜航」
敵は思いのほか近いところにいるらしい。
「深度五十」
司令部の予想では、敵機動部隊はウルシ―環礁に帰投すると思われていたが、敵機はほぼ南からやって来た。つまるところ沖縄方面に、向かっているということか。
「海面上で爆発音多数」
爆弾か、否、おそらくは彼我の撃墜された航空機が、海面に突っ込んでいる音だろう。わずかながら振動が伝わってくる。
「前方に大型艦のスクリュー音、空母がいます」
「爆発音、多数」
特攻か、暗澹たる思いがする。
敷島隊の隊長だった関大尉は兵学校で共に過ごした時期があった。
磯垣自身、この戦いが終わるまで生き延びれるとは思っていない。すでに多くの同期が戦死している。しかし、特攻は。
「潜望鏡深度」
考えることをやめた。一少佐が何を言ったところで何の意味もない。
航空母艦をはじめ数隻の敵艦が黒煙を上げている。
「一番から四番まで魚雷戦用意」
「駆逐艦、急速接近」
くそ、磯垣は思わず吐き捨てた。潜望鏡がレーダーにかかったに違いなかった。
敵のレーダーは急速に性能を上げている。
「爆雷戦防御、急速潜航深度九十」
「弾頭着水」
爆発音が起こらないということは、ヘッジホッグと名付けられた新兵器かもしれない。
爆雷ならば、黙って潜っていれば逃れられる可能性が高い。
が、この新兵器は投網を広げるように大量に投下し一つでも命中すると連鎖的に誘爆するという厄介なものだと聞いている。
「弾頭着水、遠ざかりました」
つまるところ下手な鉄砲も、ということらしい。
しかしそのうちの一つでも当たれば終わりなのだ。
「爆発音がします」
「駆逐艦スクリュー音離れて行きます」
「爆発音多数」
どうやら友軍機の攻撃を受けているらしい。
お返しをせねばなるまい。
「ソナーマン、大型艦の位置は」
「方位三〇、距離約三千」
「潜望鏡震度まで浮上」
戦艦が猛烈に対空砲を打ち上げている。
「一番から四番まで順次発射。てっ」
戦果を確認する余裕はなかった。この場は退避し、送り狼を狙ってみることにした。
どうやら敵は特攻機だけを気にしているようなところがある。どこかに隙ができるに違いない。
「潜望鏡深度まで浮上」
敵が対空戦闘に意識をとられている事を期待した。それでも攻撃までに使える時間はほぼないだろう。
「一番から四番、魚雷戦用意」
今度はあててやる。このまま戦果もなしに帰投したのでは、特攻で散ったものに顔向けができない
「潜望鏡上げ」
ついている、正面に空母の側面が見えている。
「方位そのまま、距離二千、全門発射」
外すはずがなかった。
「急速潜航」
「駆逐艦接近します」
空母と差し違えか、ならば仕方がない。
「爆発音です、駆逐艦のスクリュー音が消えました」
どういうことだ、磯垣の頭に突然閃いたものがあった。
「潜航中止、潜望鏡深度まで浮上」
「一番、二番発射用意」
潜望鏡の中には、炎上し黒煙を上げる駆逐艦の姿があった。空母の盾になったのだ。
敵ながら、その勇気と行動を磯垣は素直に称賛した。
しかし、それはそれだ、磯垣は駆逐艦の行動を無にするつもりだった。
「方位三四七、距離千八百、一番発射」
圧搾空気の音とともに魚雷が打ち出された。
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