第19話 空襲

 完熟訓練というけれど、戦況は待ったなしで、平時におけるそれのようにのんびりしたものではなかった。いつ命令が下るかはわからない

 急速潜航、急速浮上、柱島泊地に停留された艦船を目標としての雷撃演習。二週間という限られた期間で練度をあげることに磯垣は腐心した。


 本土をめがけて攻め寄せてくる敵艦を、一隻でも多く沈める。それ以外にやるべきことはなかった。

 もっとも上層部の判断はそれだけではなかったようだ、備砲は八センチ高角砲、二十五ミリ連装機銃が二基、どう考えても防空任務が期待されている。


 瀬戸内海沿岸の工場地帯にも空襲が始まっているが、高空を飛ぶ爆撃機に手が出せるわけもない。対空能力を強化といっても、所詮、艦隊防空、である。

 新造艦を任されてはいても、まるっきりの役立たず。磯垣は各地の戦況を聞きながら焦燥感だけが募っていた。


 空襲警報が鳴る。爆撃機と思った磯垣であったが、敵は艦載機であった。

 敵機動部隊は、高知沖に迫っていた。四国山地を超えての攻撃だった。

「出港用意」

 気が焦る、ディーゼルエンジンといえども暖気なしで動かせるわけではない。

「機関長、バッテリーの容量は」

「満充電です」

「暖気終了まで蓄電池にて行動する、舫索離せ」


 ここで潜航するわけには当然いかない。

「対空戦闘用意」

 敵の艦載機の目標は柱島にいる大型艦船だろう。

「日向」や「榛名」が対空砲を打ち上げている。

「各個射撃をはじめ」


 せまい海域に敵機と対空砲弾、機銃弾が交錯する。時折含まれる曳光弾が昼間であっても光の筋を描く。

 同期の飛行機乗りに聞くと、アイスキャンディーが飛んでくるように見えるという。アイスならうれしいが、これを食べるわけにはいかないと、笑っていたのを思い出した。


 炸裂弾に翼を吹き飛ばされ、きりもみをしながら落ちる敵機に歓声が沸く。

 甲板に、機銃弾が命中する。たらいを金づちで殴るような金属音、もちろん音量はけた違いだが、がする。


 もっとも巨大な水圧に耐える潜水艦の外殻だ。機載の十二・七ミリの機関銃程度で穴が空いたりはしない。

 敵の搭乗員の狙いは射手である。こちらも防御盾があるが、砲塔のように完全に身を守るものではない。直撃を食らわずとも破片だけでも、ただでは済まない。


 呂号潜水艦は駆逐艦よりまだ小さい。敵艦載機も本気で目標にしようとは思っていない。

 対空射撃を煩わしく思ったものが、時たまのように向かってくるだけだ。

 そうこうしているうちに、暖気も終わりディーゼル機関による孤高に変わっている。速力も上がり小回りも効く。呂号第五〇四潜は、対空射撃を続けた。


 松山の三四三空が紫電改を駆って迎撃に上がって来た。こうなると出番はない。

 各艦に多少の被害はあったものの、おおむね撃退できたと言える。

 しかし、問題はここが内海ということだ。

 ここまで艦載機が侵入してくるとなると、いよいよ戦局は芳しくないということである。各人口には出さないものの、発令所の空気は重い。


「司令部より行動命令、入電しました。」

「秘指定か」

「いいえ」

「読み上げてくれ」

 ならば最初から公表した方が早い、各科で準備を考えるだろう。

「敵機動部隊は九州沖に向けて移動、補給終了後、直ちに出撃、これをせん滅せよ」


 いよいよ実戦である、無事に戻れるかどうかはわからないが、不思議なことに艦内に漂う重い空気は吹き飛んだ。









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