第16話 戦中閑あり
香川は兵学校で同室だった、磯垣が一号の時の二号生徒だ。
「大尉はほかの一号の方とはちょっと違ったから」
「たぶんそれは俺が海兵団上がりだからかな」
現場を知っていたからという意味だったのだが、香川はどうとったかはわからない。
兵学校に入校せずにそのまま水兵だったならば、香川中尉と話をすることなどできなかったはずだ。
「そうかもしれませんね、とにかくやることがスマートでしたから」
「スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り、か。おだてても缶詰しか出ないぞ」
兵学校に入った時に叩き込まれた言葉だ、そんな軍人を目指そうと思ったことがあったが、今はどうだろう、以前は磯垣も考えたことがあったが、今は戦闘に追われて省みることもなくなっている。
「香川は最初から航空が希望だったのか」
「はい、赤とんぼの体験飛行で。これしかないと思いまして」
「偵察も希望か」
「戦闘機は無理でした。艦爆か偵察かで」
「そうか、いいな飛行科は。俺もいけばよかったかと思っている」
「何をおっしゃいます、戦果を上げてられるの聞いてますよ」
「まあ、輸送船や駆逐艦ばかりだがな」
「左舷、潜望鏡発見」
見張りからの突然の報告が、艦内を一瞬にして緊張させた。
「急速潜航」
「深度五十」
呂号第三十二潜は急角度で潜航していく。
香川が不安げな顔をしているのが面白い、「沖のカモメと飛行機乗りは、どこで死ぬやら、果てるやらダンチョネ」と言われた飛行機乗りでも、勝手が違うと恐怖を感じるものらしい。
「香川、潜航は初めてか」
「はい、周りが全部水というのは」
「潜りの実習はあっただろう」
「あれは、自分の力で潜りもすれば浮上もしますから」
「心配するな、相手も潜水艦なら、後は我慢比べだけだ」
潜水艦が潜水艦を撃沈したことは、戦史上ないわけではないが、浮上していて雷撃を受けている。海中では雷撃のしようがない。英国海軍では、相手を追いかける魚雷の研究をしているとは聞いたが、実戦配備はされていないはずだ。
相手を視認しないで撃つ魚雷など、命中するわけがない。
つまりこちらも敵も手の出しようがないということになる。
「敵潜動きます」
「離れていきます」
我慢比べをするつもりはなさそうだ、たかが呂号潜水艦のために魚雷を使うつもりはないということらしい。
「メインタンクブロー、露頂深度にてシュノーケル航行に切り替える」
魚雷の手持ちもないので、こちらも逃げることにする。
「潜水艦も。三次元なんですね」
「そういえばそうだな、航空機と一緒か」
「予科練が、回天の訓練をするようになったのも、それでですかね」
「やり切れん話だがな」
「そろそろ台湾だな。どこに届ければいいのかな、航空隊に問い合わせるか」
暗くなりかけた話題を磯垣は切り替えた。
予科練も機材がなくなり、思うような訓練ができなくなってきたと、同期に聞いた記憶があった。
台南で香川たちを下ろし、呂号第三十二潜は馬公に向かった。
馬公は中国本土とは目と鼻の先ではあるが、まだ帝国の制海制空権は保たれている。
久しぶりに落ち着いて浮上走行ができる。
燃料、食料、魚雷、弾薬の補給が終われば、つぎの行き先はどこか。
サイパン、テニヤンが落ち、米軍はどこにくるか、それによって行先は変わる。
ところが下された命令は、なぜか、呉に回航であった。
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