第15話 救助

 今回も呂号第三十二潜は運に恵まれていたようだ。

 浮上するとやはり空気がうまい。戦闘海域であり、敵の潜水艦もいるはずではあったが、磯垣は機関員、烹炊員まで甲板での喫煙を許した。


 どのみち魚雷もほぼ底をついている、後は砲で戦う以外はなかった。しかも長時間潜航はバッテリーの容量的にも無理がある。


 艦は基地帰投を許されたが、舞鶴ではなかった。行先は台湾の馬公である。

 南方が抑えられると、燃料の不足は切実なものになる。舞鶴まで帰る余裕はなかった。


「爆音が聞こえます」

「対空戦闘用意」

 一瞬にして緊張が走る。甲板上の乗組員が艦内に入るまでは、ほんの数秒しかかからなかった。当然潜航するものと皆は判断したに違いない。

 それでも磯垣は潜航を令しなかった。編隊でなければ爆撃も雷撃も躱す自信はあった。


「エンジン音がおかしくはないか」

「確かにそう言われれば、艦長、あそこです」

 連装機関砲が回転し、銃口が爆音方向を指向する。

「友軍機です、新鋭機『彩雲』です」


 艦上偵察機、彩雲は前年に運用が始まったばかりの高速機だ。もっとも艦上とは言っても乗るはずの空母は既にほぼない。

「落ちます」

 エンジンの音があきらかにおかしかった。彩雲はどんどん高度を下げている。

「発光信号、本艦の存在を知らせてやれ」


 彩雲が向きを変えた、呂号第三十二潜に向けて高度を下げていた。

「遭難者救命配置」

 来い来い、着水さえすれば助けてやる。磯垣は祈るようにつぶやいた。


 操縦士はなかなかの腕らしかった、機体は海面に接触後数度バウンドし主翼が折れたものの前転も横転もせずに着水した。

 救命艇を下ろすまでもなかった。

「前進微速、停止、後進一杯」


 甲板員が投げたレットを偵察員が受けとる。どうやら搭乗員は三名とも無事らしかった。

「艦長はおいでか」

「迅速な救助感謝します、本職は」

「香川、香川じゃないか」

「磯垣生徒、お久しぶりです」

「甲板員、三人を士官食堂に案内してやれ」


「艦長に敬礼」

「なおれ」

 三人の搭乗員は、鮮やかな挙手の礼をした。敗色濃い海軍ではあるが、まだまだ士気も規律も残っている。

「第二五一航空隊 香川中尉、他二名です」

「本艦艦長磯垣です」


 下士官二名は兵員食堂に案内された、士官室では落ち着かないだろうという判断だ。

「香川は偵察機か、新鋭機に乗るとはなかなかだな」

「私ではなく藤川飛曹長の腕がいいんです」

 藤川とは操縦員のことだろう。部下をほめるところは相変わらずだ。


「香川とは兵学校以来か」

「はい、艦長は潜水艦、私は航空ですから。接点が」

「そうだな、それがこんなと再会するとするとはな」


「新鋭機だけにまだ、初期不良が。何せ女学生が旋盤を回しているそうですから」

「そうだな、言ったところで仕方がない。我々は与えられたもので頑張るだけだ」


「本艦の飯はうまいぞ、まあもう缶詰しかないけどな」

「それでもありがたく頂きます」


「本艦は馬公に向かうがそれでいいか」

「はい助かります」

「潜水艦は窮屈だが、我慢してくれ」

「いえ、航空機も窮屈は同じです、よろしくお願いします」










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