第14話 運があるか?
呂号第三十二潜は、よほどついているのだろう、今回も死地からかろうじて脱出することができた。
残りの魚雷は六本、燃料と食料はまだある。
現在の磯垣たちは、はぐれ狼のようなもので大まかな命令は受けているものの、基本的には独断で行動ができる。考えてみれば、哨戒海域で何もせずに潜っていても任務遂行中と言い張ることはできそうだ。
被害が続出したことで行われなくなった散開線配備にしても、敵が来なければ単なるクルージングだ。
その分、敵の攻撃を受け撃沈されれば、全員戦死が確定している。
戦果を打電したところ、追加の命令が入った。レイテ湾に向かい、敵艦船を攻撃せよというものであった。これにしても命令としては漠然としすぎている。目標も時刻も艦長任せである。
レイテまでは七百キロ余り。どのコースを通っても敵の哨戒に引っかかりそうな気がする。
レイテ湾で暴れるならばいったん南シナ海を北上し台湾沖から太平洋に出るべきかもしれない。
しかし、どのみち浮上走行は夜間に限られるのであれば、島嶼の間を縫って進む方が効率的、磯垣はそう判断した。
「大船団きます」
ソナーマンからの報告では護衛の駆逐艦五隻程度、輸送船十隻程度とのこと。
「一番から四番、魚雷戦用意」
魚雷を撃てば、多分袋叩きに合うはずだ、しかしここで何もせずにやり過ごすことなどできるわけはない。
「潜望鏡上げ」
カーンという音が艦内に響いた、敵の打ち出す音波が艦にあたった音だ。
発見された、潜望鏡の中の駆逐艦が速力を上げた。同時に輸送船が回避運動を始めている。
磯垣は標的を先頭の駆逐艦に定めた。回避されても後方のどれかにあたるはずだ。すでに目標を物色する時間は無くなっている。地獄への道連れだ。
「全発射管、一斉射。てーっ」
「面舵一杯、急速潜航」
「駆逐艦きます」
ソナーマンの声が終わる前に、頭上で爆雷が破裂した。
強烈な衝撃とともに照明が消えた。
「電源切り替え、照明取り換え」
機関長の命令が飛ぶ、何もできるわけではないが、暗闇は恐怖心が増す。
「前部発射管室、浸水」
「応急班前部発射管室へ」
浸水中に潜水を続けるのは恐ろしい、場合によれば浸水どころか破壊される可能性がある。
そうはいっても、潜水しないわけにはいかない。一か八かである。
「着底します」
ゴンという軽い衝撃があった。相手のパッシブソナーも乱れるはずだ。
続けての爆雷攻撃はなかった。海底地形による乱反射でこちらをロストしているのだろう。
「発射管室、浸水止まりました」
「敵船沈没音が聞こえます、おそらく輸送艦」
浮上して確認したいが、今動くことは自殺行為だ。
「船団はなれていきます」
例によって、これからが待ちだ。
「航海長、本日の日没は」
「ひとななさんなな、です」
あと二時間か。
「機関長、蓄電池の容量は」
「あと約四割」
磯垣は頭の中で容量の計算と、充電時間をざっと計算した。
「ひときゅうさんまるをもって浮上する」
本当はもう少し暗くなってから浮上したいが、そうも言っていられそうになかった。
「主計士、夕食はできるか」
「缶詰と握り飯なら」
「各員、浮上までに夕食をとれ」
艦内にほんのわずかではあるが、ホッとした空気が流れた
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