第13話 最前線ふたたび

 昭和十九年十一月、呂号第三十二潜はマニラ湾に向けて出撃することになった。

 マリアナ沖海戦およびレイテの戦いの結果、帝国海軍は機動部隊も戦艦群も壊滅的な被害を受けた。

 つまるところ、フィリピンの防衛は、潜水艦に頼る以外手段がなくなったのである。


 敵潜水艦がどこまで進出しているか全く情報がないが、浮上航行する以外マニラまで行く手立てはない。

 水中での速力三・五ノット、航続距離九十海里、敵を恐れて潜っていては、いつまでたってもマニラ湾どころか奄美にすらたどり着かない。


 十二ノットの巡航速度で六日、その間、敵機も敵艦の影もなく順調に後悔は続いた。航空機の援護も僚艦もなく、呂号第三十二潜は単独マニラ港外に潜んでいる。

「艦隊のエンジン音です」

 きた、遠路ここまで来て手ぶらで帰還するわけにはいかない。当然ここを自分たちの墓場にするつもりもなかった。


「一番から四番まで発射用意」

 潜望鏡の中には、輸送船団が写っていた。これをそのまま上陸させるわけにはいかない。

 磯垣が発射を令する前に、突然目標とした輸送船のどてっぱらで、大きな爆発が起こった。

 一瞬何が起こったと思ったが、すぐに磯垣は気が付いた。友軍の潜水艦がいたのだ。潜水艦の性質上仕方がないが、その存在を磯垣は探知できていなかった。向こうはわかっていたかもしれないが、敵が遊弋する海域では通信のしようがない。


 磯垣は即座に目標を変更した。駆逐艦が出てくるはずだ。おそらくこちらには気が付いていないに違いない。

 潜望鏡を回す、いた。友軍の潜水艦を追っている。こちらには全く気が付いていないようだ、無防備に側面をさらしている。


「方位ふた、はち、ご」

 距離は一千、外すはずはない、一本で決めてやる。

「一番、てーっ」

 命中まで二十秒足らずのはずだ。時間が長い。


 爆発音が響いた。潜望鏡の中で駆逐艦が黒煙に包まれている。

 磯垣は欲が出た、おそらく敵は慌てふためいているはずである。

「面舵、四十度」

 無傷の輸送船が見えた、距離は二千弱だ。散開気味に打てば横の護衛空母も食えるかもしれない。


「二番から四番、てーっ」

 先にもう一隻の駆逐艦の後部に魚雷が命中した。友軍の艦だろう、あちらも本艦に気が付いているに違いなかった。期せずして連携攻撃となった。

 敵の回避行動は混乱していた。磯垣の狙った、輸送船と軽空母に魚雷が命中した。


「急速潜航」

「爆雷戦防御」

 敵も馬鹿ではない、こちらが複数いることに気が付いたはずだ。

 発射地点を割り出し攻撃を仕掛けてくるはずだ。


 遠くで爆雷の音がする。軽い衝撃音が伝わってくる。

 先に友軍の艦が攻撃を受けている、さすがに今度は助けることができない。もっとも、磯垣達も助けてはもらえないだろう。


「駆逐艦きます」

 後方で爆雷が爆発した、衝撃波が伝わっては来るが、距離はまだありそうだ。

 と言って、動くわけにはいかない。ほんの少しバラストを操作し自然沈下させている。急激に動くと、そのまま一気に危険深度まで突っ込む恐れがある。

「駆逐艦頭上通過」

 体中から冷や汗が噴き出す。


 より深い深度から爆発音、友軍の潜水艦が破壊された音だ。背中に冷たいものが走る。

 艦内を静寂ではない悲痛な沈黙が覆う。艦名はわからないが同期友人がいたかもしれない。

 運が悪かった。結局、そう思うしかない。明日は我が身なのだ。


「駆逐艦遠ざかります」

 ほんの少し緊張がゆるむ、自分は助かりそうだ、そう考えてしまうのは仕方がないだろう。もっとも、今すぐ浮上できるというわけではない、とにかく耐える、それが潜水艦の宿命だ。










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