第12話 内地へ

 長い長い時間が過ぎていく。いったんは駆逐艦の音は遠ざかっている。しかし敵のレーダーは潜望鏡ですら発見できると聞いた。本当か嘘かを磯垣に確かめるすべはない。

 当然ながら、自分と部下の命を懸けて試すつもりもない。

 十二時間が過ぎた、まだ艦内空気は持つが多少は息苦しくなってきている。


「メインタンクブロー」

 いつものように潜望鏡深度で一旦停止、周囲を観測する。いつぞやは浮上したとたんに敵艦と鉢合わせをしたことがあった。

 その時はその時。このまま潜っていても死ぬことにはかわりはなかった。

 敵艦の姿はなかった。


「航海長どう思う、レーダーで捕捉されていたのか」

 本来、特務中尉に尋ねることではないかもしれない。しかし、今現在、本艦で磯垣が話の出来るものは彼以外にいない。


「敵のレーダーの能力は私などには分かりません、ただ何かそれ以前にここに我々がいるのを見越してきたような」

「うむ、実は私もそんな気がしている」

「位置をずらすべきかもしれんな」


「通信長、潜水隊司令に、意見具申、哨戒位置を三十マイルほど北方に変更いたしたい」

 一時間近くは待たされると覚悟していたが、回答はすぐに送られてきた。

 承認する、であった。


 後にわかったことであるが、呂号第三十二潜の北方で哨戒にあたっていた呂号第六十潜が航空機の爆撃を受けていた。それも磯垣達が駆逐艦の攻撃を受けるほんの三十分ほど前のことだったらしい。


 これは半年以上後のことになるが、アドミラルティ諸島で五隻の呂号が、一隻の駆逐艦に沈められるという事件があった。

 敵は散開線配備について詳細をつかんでいた。帝国海軍の士官はエリートだけに、よく言えば真面目、悪くいえば馬鹿正直なところがある。


 きっちりと決められた間隔をもって散開していたのだ。そこを敵の駆逐艦に突かれたのだ。潜水艦は常時通信が可能というわけではない。同僚艦が沈められたことを知っていれば、何とかなったかもしれなかっただけに悔やまれる事件だった。


 この時の磯垣も同様の運命だったのかもしれない。ほんの少しだけ敵艦があきらめのいい艦長だったのか、ほかの理由があったのかはわからない。

 ただ、哨戒位置を毎日少しづつ自分の判断で変えたことが功を奏したのか、とにもかくにも呂号第三十二潜は哨戒任務を無事終え、基地に帰投した。


 帝国がガダルカナルから撤収したタイミングで呂号第三十二潜は内地に召喚された、理由はわからないが古巣の舞鶴鎮守府に転籍することになった。

 新鋭の潜水艦を大量に南洋に配置したこともあって、旧式艦を内地に引き上げたのかもしれない。


 とにもかくにも、久しぶりの内地である。

 磯垣は転属かとも思っていたが、そうはならなかった。乗る艦がなかったのかもしれない。


 呂号第三十二潜が、パラオを離れた直後に、連合軍は四艦隊の担当区域である内南洋に対して侵攻を始めた。艦隊決戦にはあまり役立たないと判断されたのなら悔しいが、それも致し方ない。

 当分は日本海の守りに従事することになりそうだった。





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