第11話 散開線配備

 呂号第三十二潜は基本的に散開線配備についている。

 これは潜水艦を等間隔で並べ、哨戒線をつくりここを突破する敵艦を集団で攻撃するという戦法である。

 別の言い方をすれば、ただそこにいるだけということだ。この任務に就くのはたいていが呂号潜水艦である。


 米軍の反攻が始まっても、内南洋においては緊迫感はないに等しかった。

 戦艦や空母などでなくてもいい、せめて輸送船でも哨戒線に引っかかってくれればやりがいはある。

 ルンガ岬の砲撃以来、呂号第三十二潜は実戦からは遠ざかっている。もちろん散開線配備は重要任務ではあるが、勇ましさには欠けるものだ。


「艦長はご存じですよね、昔は輸送船に使える魚雷は一本だった話」

 中尉に昇進した小田が言った。

「もちろん、というか私が潜水艦勤務になってすぐ廃止されました」

「なんですかその話」

 新しく着任した少尉が尋ねる。

「昔はと言っても、つい最近までですが、標的に対して使える魚雷の数が決まっていたのです」


 小田は中尉とは言え兵学校出の少尉に丁寧な言葉遣いをする。

「戦艦と空母には全射線、巡洋艦には三本、輸送船や、商船には一本しか使えなかったんです」

「じゃ、遠距離から撃って外れたら」

「浮上して砲撃です」


「輸送船ならいいですけど、駆逐艦相手となると」

「逃げるしかないのさ」

「それってバカげてませんか」


「ああ、実際にそれで開戦当日に砲撃で沈めたという例がある」

 少尉があきれたような顔をした。

「その規則を作った人は潜水艦のことわかってないんですかね」

「それだけじゃないさ、それだけ苦労しても、商船の撃沈なんて殊勲甲査定では掃海艇以下だから」


「お偉方は交通破壊戦に重きを置いていないんだ」

「まあ我々が変えて見せるさ」


 普通はこんな話を下士官兵がいる発令所ですることはご法度だ。士官が上層部の批判をするようでは規律が保てない。

 というようなことは、大型艦での話だ。沈むときは一蓮托生の小さな潜水艦では建前だけではやっていけない。


「駆逐艦です」

 見張り員の声がのんびりとした雰囲気を吹っ飛ばした。

「急速潜航」

「深度五十にて機関停止」

「敵艦、接近します」


 明らかに呂号第三十二潜を狙っていた。

 何の迷いもなく直進してきている、非常に危険な状況だった。

「安全深度まで潜航」


「爆雷きます」

 頭上で爆発音が響いた。音だけではなく衝撃波が艦を襲う。

 少尉が上を見て不安そうな表情を見せる。

「おい、航海士、士官は顔に出すな、やせ我慢を覚えろ」

磯垣は小声で𠮟責した。兵というものはどんな時でも士官を見ているものだ。そして、兵たちに見限られた士官は意外と早く予備役に編入されていく。

もっともこの戦争を生き延びなければ予備役もくそもないが。


 深度五十のままとどまっていたならば、爆雷の直撃を受け沈められていたかもしれなかった。

「吸収剤散布」

 艦内の二酸化炭素濃度を下げる薬品を床に散布する。これから長い我慢大会が始まるのだ。


 駆逐艦相手に発見されていてはもうなすすべはない、黙ってやられるだけだ。それが嫌なら相手が根負けするまで耐えるだけ、それしかなかった。







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