第10話 砲撃
潜水艦による艦砲射撃というと、伊号第十七、第二十五、第二十六各潜による、米本土、カナダの砲撃が挙げられるだろう。呂号第三十二潜の八センチ砲とは違い十四センチ砲である。
戦艦の三十センチ、四十センチという巨砲ではないものの、少なくとも向こうの国民に与えた影響は大きいだろう。ハワイの次は本土かという効果はあったに違いない。
ガダルカナルにおいても、伊号潜水艦は既に複数回艦砲射撃を実施している。八艦隊所属の呂号第三十三潜も、艦砲射撃に加わったとは聞いた。戦果が上がったかどうかは知らない。
「達する、本艦はこれより浮上、敵飛行場に対し砲撃を行う。敵は既に航空機を配備しているという情報がある。従って敵機が襲来した場合は直ちに潜航する。各員見張り及び配置に全力を期せ、以上」
言い回しは威勢がいいが、実質腰抜けと言われても仕方がないな、磯垣は苦笑した。艦を預かる者として、こんな作戦で、乗員を危険にさらすことはできない。
出撃した時はまだ建設中と言われていた飛行場である。それを二週間もたたずして運用している米軍の力は驚嘆すべきものだ。
わが軍にもトラクターぐらいはあるが、どうも性能も量も違うようだ。わかってはいたことだが、物量の差は大きい。だからこそ資源確保の意味からも南洋は何としても死守せねばならない。
潜望鏡で周辺海域及び上空を監視した磯垣は、急速浮上を命じた。
磯垣は真っ先に艦橋に駆け上がった。目の前にルンガ岬が見える。
「砲側判断により射撃開始」
砲を旋回するもの、仰角をとるもの、尾栓を開き砲弾を装填するもの。乗組員はきびきび動く。やはり哨戒任務よりは士気が上がるようだ。
指揮は小田特務少尉が執る。
「てーっ」
よく通る声、それを打ち消すような発射音と衝撃。
尾栓が解放され薬きょうが排出される、次弾の装填。
彼方に土煙が上がった。
「だーんちゃーく」
見張り員が叫ぶ、どことなくうれしそうだ。
「てーっ」
二発、三発、十五発射撃は続いた。
「敵機二機、きます」
見張り員の声に続き、爆音が聞こえてきた。飛行場からは離陸すればすでに呂号第三十二潜の頭上を通過してしまう。敵機はいったん沖合まで飛行したのち戻ってきた。
「急速潜航」
甲板上の全員が急いで艦内に入るのを確認して、磯垣もラッタルを駆け下りた。
敵機は見たところドーントレス急降下爆撃機だろう、呂号の小さな船体に初弾を命中させることができれば立派なものだ。
その時は自分たちに運がなかったということになる。
頭上で爆発音そして振動が伝わってきた。なかなかの腕らしい、潜航が遅ければ食らっていたかもしれない。ということは、我々の方がついているということになりそうだ。
海域に駆逐艦はいないはずだ、やり過ごすまで潜航で逃げる。命令は果たした、ここはとっととおさらばするに限る。
もっとも三ノット(時速約五・五キロメートル)の鈍足では駆逐艦が出てくればそれまでだ。
「深度五十、針路まる、ご、前進全速」
艦内の空気が何となく明るい、戦果はおそらくないに等しいが少なくとも士気は上がった。
本来の哨戒戦に戻るまでに敵の輸送船にでもあたればもっと士気は上がるだろう。たとえそれが駆逐艦であってもだ。
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