第9話 ガダルカナルへ

 帝国では諸外国と異なり、陸軍の作戦における兵士の輸送、輜重業務を陸軍が行っていた。

 海軍は依頼があれば護衛に艦艇を出すが、あくまでも応援であり責任ではなかった。

 日清日露の戦役、その後の満州事変あたりまでなら、それもわからないではなかった。広島県の宇品港から大陸までとなれば、制海権はそもそも帝国が握っている。


 しかし太平洋を舞台とした戦争となると話は変わってくる。そもそも陸軍は海軍とは異なり、南洋に対しては野心を持っていなかったのだ。それが南洋の島々で激戦を繰り広げる羽目になったのは、豪州にその理由があった。


 ダグラス・マッカーサーがフィリピンからB17爆撃機で逃げた先が豪州であったように、東南アジアからインドシナ半島を確保するには豪州の存在が脅威だったのだ。

 米国と豪州を分断する、その一点において陸海軍の意見は一致した。


 しかし新たな局面ともいえる南洋の戦いにおいても、兵士や物資の輸送は陸軍の責任とされたままだ。それでもミッドウェー海戦まではまだ制海権は帝国にあった。それが揺るぎ始めるころに起ったのがガダルカナルの戦いだった。


 ヘンダーソン飛行場の完成により帝国の輸送部隊は敵航空機の猛攻を受けることになった。

 制空権がない海域での輸送業務は無謀というものである。損害だけが増えた結果、海軍の駆逐艦が輸送を担うこととなった。

 そもそもガダルカナルは、海軍が飛行場をつくるために手に入れたい島なのだ。艦艇を出すのは当然だった。しかし、いかんせん搭載できる兵員物資の量には制約があった。

 第三次までに及ぶソロモン海戦、輸送船団の運航、ヘンダーソン飛行場への艦砲射撃、海軍も総力をもってガダルカナル島を奪還すべく戦ったが結局は撤退することになった。


 最初の反攻を威力偵察とした陸軍の判断ミス。輸送船団への的確な攻撃を行わなかった八艦隊のミス等が重なった結果だった。

 島は「餓島」と揶揄されるほどの悲惨な状況に追い込まれ、終盤には潜水艦による補給までもが行われたが、形勢を逆転することはできなかった。


 そんな状況で、磯垣はこの戦いには、ほぼ無関係に哨戒任務に従事していた。

 ただ一度、ガダルカナルに向かったことはある。それもごく初期に。

「呂号第三十二潜水艦はガダルカナル島ルンガ岬に対し艦砲射撃を実施せよ」

 命令を受け磯垣はパラオを出港した。


 ガダルカナルまでは直線で三千五百キロ、浮上航行で約七日を要する。当然途中は哨戒任務を付与されたままだ。潜航すれば到着はいつのことやら。

 艦砲射撃と言っても呂号第三十二潜に装備されている砲は四十口径八センチ、最大射程七キロ弱、重巡や戦艦に搭載されているものから見れば豆鉄砲だ。


 ルンガ岬には海軍が建設中の飛行場があった、そこを米軍が占領したと聞いている。滑走路に向けて砲撃したところで、どれほどの意味があるのか。

 砲側に保管されている弾薬は二十発、それを撃ち終えれば、艦内から人力で持ち上げるのだが、おそらくはその余裕はない。


 往復二週間以上をかけて、モグラを驚かせに行く、以前、小田特務少尉とそんなことを話したことはある、しかし実際に行くことになるとは考えてもいなかった。

 ただ、敵のいない海域でクルージングをしているよりはましかもしれない。途中で輸送船でも見つけることができれば、意味はある。


「出港用意」

 磯垣は命令を発した。






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