第7話 探索
「艦内をくまなく探しましたが、発見できませんでした」
「甲板に出たということか」
「最後に見たものは」
「発令所でのワッチまでは確認ができています、よんぱちです」
よんぱちワッチとは、まるよん(午前四時)からまるはち(午前八時)に当直に立ち八時間のインターバルを置き、ひとろく(午後四時)からふたまる(午後八時)まで当直に入る割り振りだ。
今は、ふたふたひとろく(午後十時十六分)つまり行方不明になってから二時間は立っているということだ。巡検でわかったということだろう。
「艦橋のワッチは」
「分隊士が」
「まだ艦橋におられます」
先任はさすがに物分かりがいい、こちらの質問を先回りして答えが返ってくる。
「機関停止」
「ログに沿って、引き返す」
「艦橋に上がる」
「艦長、申し訳ありません」
分隊士の小田特務少尉が、直立で頭を下げた。
彼は水兵からのたたき上げ、生粋の潜水艦乗りだ。
「君が謝る必要はない」
事故による海中転落にせよ、自殺にしろそれは航海長の責任だ。
「海中転落の音は聞こえなかったんだな」
磯垣は小田とペアの水兵に尋ねた。馬鹿な質問だと磯垣は自分でも思う。わかっていれば即座に機関停止の手続きをとるはずだ。
「手空きのものは甲板にて探索に当たれ」
月齢は二十六日、かろうじて海上の様子は見える。
敵がどこにいるかわからない状況で、探照灯を照らすわけにはいかない。
「艦長、十二時方向、艦影が見えます」
「ガトーのようです」
「ソナーマン、感はあるか」
「ありません」
「故障か」
「総員戦闘配置、一番二番発射用意」
「潜航用意、潜望鏡深度、針路よんごー」
航海長には悪いが、敵潜がいれば沈めなければならない、それが軍人だ。
「距離五千メートル」
「こちらの音も聞こえているはずだ」
「敵潜こちらに気が付きました、機関始動しました」
機関始動だと、休んでいたということか、だとすれば馬鹿な奴だ。
「距離三千」
なぜ潜航しない、やはり故障ということなのか、運のない奴らだ。
「一番、てーっ」
敵艦まで約三分、 当たり前ながら未来位置に向けてセットされている
潜望鏡の中に火柱が上がった、爆発音と振動が伝わってくる。
「浮上、生存者がいれば救助に当たる」
無理だろうと思う、まっぷたつになった潜水艦は瞬く間に沈む。もともと予備浮力がない作りだ。甲板にでもいなければまず助からない。
予想通り、海面に浮かぶものは何一つなかった。彼らは何をしていたのだろう。
自分の判断が間違えば、立場が逆転していた可能性はあった。
「固有針路に戻る、両舷原速」
ガトーを屠れたのは航海長のおかげかもしれん。
「手空きは甲板にて探索を再開せよ」
「艦長敵機、カタリナです」
潜航するか、間に合わない可能性がある。
「機関砲、対空戦闘用意」
先ほどの敵潜が呼んでいたのかもしれない。
「砲側判断にて射撃開始」
カタリナが近づいてくる、焦ることはない、多分向こうは爆装のはずだ。
「両舷最大戦速」
「爆弾投下しました」
「面舵三十度」
艦が大きく傾く。左舷に水柱がたった。
二十五ミリ連装機関砲が射撃を開始する、時たま入っている曳光弾が夜空に光の筋を描く。その束が明らかにカタリナに吸い込まれていく。昼間なら機体から飛び散る破片が確認できたかもしれない
敵機は再度の攻撃をしてくる様子はなかった。
「探索にもどる」
取りあえず、転落予想地点までは戻ってやりたい。サメのいる海で四時間は、まず絶望的だが、できるだけのことはしてやりたかった。
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