第6話 蚊帳の外

「艦長、ツラギに米軍が上陸したそうです。守備隊から第八艦隊司令部に救援電報です」

「例の艦隊かもしれんな」

 あの時に、輸送艦なり戦艦なりを屠っておけば、少しは作戦を遅らせたりできたかもしれない。まあこの船だと返り討ちだっただろうなとも思う。


 呂第三十二潜はマニラ湾に向けて航行している。現状フィリピンは日本軍が占領しているが、マッカーサーは再上陸を狙っているだろう、とはいえ彼は今、豪州にいる。

 一足飛びに米軍がフィリピンに来られるわけもない、要するに磯垣たちには取り分けて重要な任務があるわけではない。


 言い方は悪いが、毎日クルージングをしているようなものである。太平洋もインド洋も今はまるっきりの平和だった。

「我々はガダルカナルに行かなくてもいいんですかね」

 航海長は腕が鳴るのだろう、乗組員の命を預かっている磯垣ですらそう思っている。まして、兵学校卒業後まだ日の浅い航海長が現状に不満を抱いているのは当然だろう。


 ここにきて米軍は、ツラギ、ガダルカナルに上陸した。陽動ということもある。間をとばしフィリピンを奪還することもありうるのだ。

 そうなれば今、呂第三十二潜がいるこの海域が主戦場となりかねない。要するに、磯垣達は暇な方が帝国のためには良いということになる。


「夕食用意」

 夏の内南洋は夜が短い。午後四時半ではまだ昼のようなものだ。

 哨戒任務、潜水艦となれば、正直言って楽しみは食事しかない。もしかすると本艦の中で一番必要とされているのは、烹炊長かもしれない。次がソナーマン。おそらく磯垣などは、いてもいなくても同じだろう。


 今日の夕食はコロッケ、実は烹炊長の得意料理だ。じゃがいもがあるうちは食えるのだが、そろそろ底をつく頃だろう。

 魚雷か燃料が底をつけば基地帰投もあるが、生鮮野菜がなくなっても帰るわけにはいかない。


 明日からは缶詰ということだろう、それでも日本人は主食がコメだからましらしい。欧米では艦内でパンを焼くらしいが、これがあまりうまいものではないらしい。電気コンロでパンは難しいのかもしれない。


「大本営海軍部発表、帝国海軍は八日九日の両日、外南洋ソロモン海において米国機動部隊と交戦、敵巡洋艦二隻撃沈を含む」

 ラジオを入れると大本営の発表があった。食堂に歓声が起こる。


「しかし我々は何をしてるんですかね、四艦隊からも加勢に入っているでしょう、それが我々はまるっきり蚊帳の外だ、あろうことかラジオで戦果を知るなんて」

「ま、仕方がない。時が来れば俺たちものんきにラジオなぞ聞いていられなくなる、それまでは力を蓄えておくさ」

 航海長は、少々参っているように磯垣には見えた。医務長にでも相談するか。そんなことを考えていた。


 事件は夜間に起った。

「艦長、失礼します」

 先任兵曹の声とともに扉がノックされた、狭い潜水艦でも一応艦長室はある。

「入れ」

 磯垣はちょうど『シャーック、ホームズの冒険』を読んでいた。一般では手に入らないかもしれないが海軍は比較的自由だった。この時期でも兵学校では英語の教育が続けられている。


「航海長がいらっしゃいません」





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