第5話 発見

「七十メートルまで潜航」

 呂号の安全深度はほぼ八十メートル、それは完全な場合だ、爆雷の衝撃でも食らえば一気に危険な領域になるだろう。多少の余裕を持った深度でも、艦がきしむような気がする。


「敵艦、真上を通過します」

 存在を知られた潜水艦は、もう土壇場に座らされている罪人のようなものだ。刀が振り下ろされれば、この世からおさらばになる。磯垣は自分の顔はきっと青ざめているだろうと思っていた。情けないが根源的な恐怖は仕方がない。


「敵艦、反転してきます」

 どうやら、敵艦は自分たちを見失っているらしい。海中に逆転層でもできているのかもしれない。


 遠くで爆雷の破裂音が聞こえた、敵艦は何を間違えたのだろう。

「ソナーマン、敵は何隻だ」

「わかりませんが機関音は一隻のみです」

 であれば、かなりの確率で逃げ切ることができそうだ。


 一か八かで浮上するか、ただ、敵は音を殺して待っている可能性もある。

「艦首魚雷管発射準備」

「メインタンクブロー」

「ソナー、感は」

「依然遠ざかっています」


「潜望鏡深度で水平」

「ソナーマン、感あれば直ちに報告」

 完全に自分たちをロストしているのだろうか。

 ひりひりする時間が過ぎる。

「潜望鏡上げ」


 目の前に敵がいた。やはり敵は二隻いたのだ。

「前進強速、方位ひとまる」

「一番、二番、てーっ」


「急速潜航」

「爆雷戦用意、逃げるぞ」

「敵艦動きました」

「わっ」

 ソナーマンが悲鳴を上げた突端に爆発音が響いた。耳は大丈夫か、磯垣は部下の身を心配した。が、本音は、彼の耳がやられれば艦は行動できなくなるというところかもしれない。そこら辺りは磯垣本人もわからない。


「艦長命中したみたいですね」

 艦内が沸いた、まさしく天祐だ。

「前進最大戦速」

 戦果を確認はしたいがぐずぐずしていると、敵の大群が押し寄せる可能性があった。


 戦場から離脱して三時間。追撃の気配はなかった。

「浮上する」

「潜望鏡深度」

「潜望鏡上げ」

 周囲に敵はいなかった。上空に機影もない。

「浮上」


「第八艦隊司令部に打電」

「本文、戦艦空母を含む機動部隊発見、位置、時刻。受報者に四艦隊司令部」

 場合によれば、連合艦隊長官からの賞詞をうけることができたかもしれない報告だったが、なぜか両艦隊司令部からは全く無視をされることになった。


 これがガダルカナル戦、ソロモン海海戦と続く、連合軍の本格的反攻だった。磯垣の報告を無視したことで、八艦隊は連合艦隊司令部から激怒されることになる。


 後に磯垣がたどり着いた結論は、八艦隊は磯垣は四艦隊の所属、四艦隊は八艦隊あての電文と判断したのだろうということだった。

 つまり自分のところには関係のない報告と考えたということだ。


 もっとも磯垣にしたところで、報告してしまえばそれっきりということもあった。軍は思いのほか縦割りの官庁なのだった。

 悪く言えば人のところのことは知らない、四艦隊にすれば八艦隊が失敗をしようが損害を出そうが知ったことではないのだ。


 もちろん海上であればお互いに助け合うだろうが、司令部という陸上にいれば考えかたも変わるのだ。まずは自分の戦隊、司令部、連合艦隊である。よそのことは知ったことではなかった。


 さらにいうと陸軍と海軍となればまったく別の国の話に近くなる。だからこそ、武器弾薬の規格が異なる、無線機の周波数が違うなどという馬鹿なことがまかり通っていたのだ。


















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