第3話 入港

「前進微速」

「潜望鏡深度」

 磯垣は敵艦のスクリュー音が消えてからも三時間程度海中を漂っていた。

 駆逐艦が音を消し、上で待ち伏せをしていないとは限らなかった。


 潜望鏡で周囲を確認したが敵潜の影はなかった。

「メインタンクブロー」

 たかだか数時間でも艦内の空気は確実に悪くなる。危険さえなければ、できる限り浮上というのが磯垣の考え方である。

「大和魂」だけでは人は能力を発揮しきれない。


 その後は敵艦どころか味方に会うこともなく、穏やかな航海が続いた。大陸では陸軍が戦闘を続けているというのが、嘘のように穏やかな航海だった。

 内地からのラジオは相変わらず連戦連勝を報道しているが、実際のところはどうなのだろう。この平穏さを考えるとそうなのかもと思ってしまう。


 しかし厳重な情報統制は行われているが、ミッドウェーが負け戦だったことは次第にわかってきている。大本営の発表をうのみにはできないぞという気配は出航前にすでに漂っていた。


 もっともそんなことはどうでもいいことだ、自分のような一介の大尉は、ただ命令に従い敵潜を発見撃破することだけが任務だ。

「島が見えます」

 取りあえずは、無事に到着、初陣としては上出来だったと言えよう。


 パラオはまずスペインが植民地化、次にドイツに売り渡されたが、第一次世界大戦の結果によって、日本の信託統治となった。

 内地から移住している民間人も多く、戦争が始まった現在であっても、本来のパラオ人よりも日本人の方が多い。スペイン統治前にいたパラオ人の多くは欧米から持ち込まれた天然痘によって激減している。


 昭和に入って、国際連盟を脱退したことで、大手を振って軍事施設を建設できるようになった。世界情勢は既にきな臭くなっており、豪州方面をにらむ前線基地として海軍の施設がつくられた。


「司令部より平電(暗号化されていないままの電報)です。呂号潜水艦にロングサイド(めざしのように並んで停泊すること)との指示です」


 腕の見せ所だ、潜水艦は水上部分より水面下部分の方が太いこともあって、へまをするとぶつける恐れがあった。

「面舵十度。両舷微速」

「後進一杯」

 同時に船首と艫に立った水兵がレットを投げた。


「入港用意もとい」

「以降、各課所定」

「各科長はひとひとまるまる、司令部出頭」


「せめてひげぐらいは剃りたいな。陸電給水は」

「つながっています」


 戦闘行動中はまず着ることのない第二種軍装に着替えると、見慣れた各科長も別人に見えた。

「艦長、見違えますね」

 言おうと思ったことを航海長が先に口にした。


「呂第三十二号潜水艦長磯垣大尉以下四名はいります」

 これからしばらくはセレモニーが続く、はずだったが、司令のいこうか着任あいさつでだけであとは昼食になった。内地からの回航をねぎらってくれたのだろう。


「艦長、一つ報告を忘れていないか」

 先任参謀だ。

「回航途中に、輸送船を沈めてきたな」

「その件は、潜水艦隊司令から順に」

「米軍の無線でながれていた、やつらかなり慌ててたらしく、平文で輸送船二隻の撃沈を打電していた」


 二隻か、上々の出来だったな。

「みごとだ、褒美として二日の休養を与える、乗組員総員料亭でも行って羽根を伸ばしてこい」












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