第2話 初陣

「艦長、航空機エンジン音です」

「急速潜航」

 磯垣は瞬時に判断した。

 この辺りまで敵の勢力が押し寄せているとは思えない。おそらくは友軍機だろう、しかし敵の哨戒機が出張って来ていないとも限らない。もし敵機だった場合、二十五ミリ連装機銃で対空戦闘は、あまりいい策とは言えない。


 突然、右舷で爆発音が響き、艦が揺れた。続いてもう一発。

 爆弾が投下された、そう気がつくまで時間はかからなかった。危なかった、漠然と浮上していたら、被害はあったかもしれない。

 航空機より投下される爆弾は、潜航してしまえばほとんど被害はない。とはいえ、やはり空からの攻撃は要注意だ。当たり前ながらこちらよりは、はるかに索敵能力がある。


「潜望鏡上げ」

 カタリナ飛行艇が飛び去って行った。

「どこから来た、ミッドウェーからでは距離がありすぎるはずだ」

 米軍の反攻が始まる予感があったが、乗組員にそんなことを言うわけにはいかなかった。

「メインタンクブロー」

 艦は再び海面に躍り出た。


「達する、敵機来襲は、船団がこの近傍にいる可能性を示唆している。各員見張りに万全を期せ」

「パラオにつく前に一仕事こなしていきますか」

 航海長が、笑顔で言う、彼は潜水艦教程を終えたばかりで、磯垣以上に新米だ、まだ爆雷の怖さも知ってはいない。


 しかし、先ほどの爆撃でも表情も変えなかったところを見ると、意外に胆力はあるのだろう、案外潜水艦乗りに向いていそうだ。


 第四艦隊の担当区域は広い。敵の勢力範囲はどこまでなのか、少しばかり能力を超えて南下しすぎたかもという気がする。。まずはパラオに入るべきだったかもしれない。

 航海長だけでなく、自分も未だ未熟すぎるのかもしれない。


 カタリナが飛び去った方向は南東だった。

「針路、ひと、さん、ご、前進原速」

 この先にいるのが、艦隊であれはこの艦では太刀打ちのしようがない。初陣がそのまま命日になる可能性もあるが、それはそれで仕方がない。

 既に兵学校の同期も幾人か戦死者がいる。


「艦長、水平線上に煙が見えます、輸送船団のようです」

「潜航用意、魚雷戦用意」

「潜望鏡深度」


 おそらくカタリナからの報告が行っているはずだ、敵が本艦の行動をどう推測するかは別にして、警戒ぐらいはしているだろう。

「潜望鏡上げ」

 敵船団はこちらの右舷方向を通過するように見えた。豪州方向か。

 距離はざっと一万メートル。


「機関停止」

「一番から四番発射用意」

 我が九三式魚雷であればお釣りのくる距離である。角度をつけて発射することで複数の船舶を同時に攻撃する。潜望鏡の中で輸送船が大きくなった。距離は五千メートルを切った


「一番、二番、てーっ」

「三番、四番、てーっ」

「面舵一杯、最大戦速」


「急速潜航、深度五十」

「魚雷命中、四本です」

 ソナーマンが静かに報告する、が、それでも喜びは隠しきれていない。

 水上艦であれば歓声が上がるはずだが、さすがに潜水艦乗りだ、声を潜め喜びを表している。


「艦長、初戦果おめでとうございます」

「諸君の働きだ。しかし生きて帰ってからの話だな、来るぞ」

「爆雷戦防御」


「敵艦、離れていきます」

 護衛に専念するということか、米軍はまだ九三式魚雷の性能をつかみきっていないらしい。

 であれば、しばらくはロングレンジからの攻撃が有効かもしれない。







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