乙女ゲー転生者の一万文字RTA

仮面ライター

乙女ゲー転生者の一万文字RTA

 五歳になった誕生日の朝、彼女は目覚めた瞬間、自分が乙女ゲームの世界へ転生していることに気がついて叫んだ。


「なんでじゃ!?」


 その切なる叫びには、彼女の前世より受け継がれた万感の思いが込められていた。



 彼女の前世は乙女ゲームクリエイターであった。

 そして、この転生した世界は、彼女の前世が働いていた会社の作品である乙女ゲームの世界であったのだ。

 しかし、彼女はそのことに喜んだ訳ではなかった。

 なぜなら、彼女の前世は昨今のゲーム転生、特に乙女ゲーム転生を持て囃す風潮に対して、物申したい人間であったのだ。


 なにしろ、面白い。


 彼女の前世において、乙女ゲームはやらないけど、転生小説なら読むという者達が大勢いたのだ。

 それはブームだった。乙女ゲー転生ブームである。


 彼女の前世が働いていたゲーム会社は、乙女ゲー転生ブームに乗ろうとして、発売した乙女ゲームの売り上げでコケた。

 公式二次創作の転生小説の方が売れてしまったくらい派手にコケた。

 故に、WEB小説読者に向かって、彼女の前世は八つ当たりと分かっていても、物申したかったのだ。


「小説読む暇があったら、乙女ゲームやらんかい!!」と。


 それだけではない。


 クリエイター側から見ると、主人公や悪役令嬢にも当然愛着があるし、なんならモブ脇役にも細かい設定があったりするものだ。

 それをひっくり返す爽快感も、元々転生小説としての設定であり、原作が存在しない場合の方が多い、ということも分かった上で、彼女の前世は物申したい人間だった。


 なんだか、心の隅がモニョるのだ。


 だから、キャラの元人格と主人格の転生者が会話したりするタイプの転生小説を読むと、彼女の前世は嬉しくなっていた。まぁ、やっぱり物申したくはあったのだが。


「そのキャラ、そのまま愛したってや」と。


 いや、それらは彼女の本心ではあったが、彼女の前世から受け継いだ本音ではなかった。


 彼女の「なんでじゃ!?」に込められた真実の想い……それは、切実にして単純な願いだった。

 彼女の前世は間違いなく神的存在に祈ったことがあったのだ。


「このゲームにだけは転生させんでけろ」と。


 確かに、このゲームは彼女の前世が働いていた会社が作成したゲームではあったが、彼女の前世は関わっていなかった。


 なぜなら、クビになっていたからだ。


 乙女ゲーム流行を狙った一発目で派手にコケた時に、肩を叩かれてしまった彼女の前世は会社を去った。

 そして、その後に出されたのが、この乙女ゲームだった。


 因みに、バカ売れした。


 当然、彼女の前世は叫んだ。


「なんでじゃ!?」と。


 あと、呑んだくれた。

 呑んだくれながら、徹底的にこの乙女ゲームをやり込んだ彼女の前世は、設定資料集やツテで教えてもらった開発の裏話まで網羅した最強のプレイヤーになったが、物申したい気持ちは一向に変わらなかった。


「ワイが居ないなった後に、面白いヤツ作るのオカシイじゃろ?」と。


 そして、彼女の前世が更に呑んだくれた記憶で、彼女の覚醒は終わっていた。



「ワイあのまま呑んだくれて死んだんか?

 この顔に記憶、転生したんは主人公ちゃんか……あ、あかんやん!?」


 鏡の前で顔を確認した彼女は、自分の元の人格を確かめた。


『…………』


 返事がない。ただの屍のようだ。


「あかんやん!? 主人公ちゃんの人格、死んでまっとるがな!?」


 絶望が彼女を襲った。

 これから世界を救う立派な幼女様の元人格が、交通事故のように前世とやらの人格に轢かれて死んでしまったのだ。


 過失致死である。

 彼女の前世は呑んだくれていたので、危険運転も付くかもしれない。


「ど、どないしたらエエんじゃ?」


 彼女は激しく狼狽えた。

 元人格への激しい悔恨があった。

 しかし、この世界のモデルか、並行世界か少なくとも何らかの関わりがある筈の乙女ゲームをやり込んでいた彼女の前世が、絶望を覆す可能性に気づく。


「……逆ハー周回エンドがあるやん」


 この乙女ゲームは、周回前提でストーリーが構成されており、主人公がキーアイテムを持っていることで世界を巻き戻せるのだ。

 通常エンドは、主人公が記憶を僅かに残してオープニングへ戻ることで、新たなルートを開拓していくシステムになっていた。

 そして、最高難易度である逆ハールートでは、トゥルーエンドを選ばなかった場合、周回エンドとして、神的存在が願いを一つだけ叶えるアイテムを与えた状態で巻き戻してくれるのだ。

 ゲーム的にはオマケ特典であり、無限HPやら最初から最強装備やらLV1縛りなどが選べる仕様だった。


「あの願いならイケる筈や!!

 ワイは、ワイを消すで!! それがワイと主人公ちゃん……それに何よりこの世界のためやろがい!!」


 彼女となった彼女の前世は、前世においても今世においても、己を必要としない世界から去ることを決意した。


 そこからは、早かった。早くしなければならなかった。

 このゲームにおける主人公は、高貴で特別な産まれでありながら、五歳の誕生日に天涯孤独となってしまうのだ。


 彼女としては、キーアイテムを集めることが目的であり、不足の事態を起こさないためにも最速で集める必要があった。

 つまり、天涯孤独になっている暇はなかったのだ。


「お父様、お母様、お話があります」


 彼女は演じた。伝説にある《預言の巫女》を。

 本来の主人公が十数年後に呼ばれることになる存在を、全力で演じたのだ。

 故に説得力は抜群だった。


(まぁ、主人公ちゃんは巫女の血筋やからなぁ……)


 完全に預言を信じてくれた主人公の両親が、全力で防衛戦力を整えた結果、終盤まで主人公と因縁の対決をする筈のダークヒーローを、この時点で捕らえることができてしまった。


(えがった。コイツ殺してたら、逆ハーできんとこやったから、指示聞いてくれた兵士さんに感謝、感謝や)


 テクテクと血の海を歩き、肉袋となった主犯の傍らにいる仮面の少年に近づいていく。


「〔ウホイカ ノラカ イハシ〕」


 パカンという間抜けな音と共に仮面が真っ二つに割れる。

 そして、『う、ここは……僕は一体……』などと呻き出した少年の首根っこを掴んだ彼女は言った。


「支配解いたったから、キーアイテム寄越せや」


 その迫力ある幼女の顔にビビったのか、少年は混乱し続けている。


(なんや、冷酷なダークヒーローもショタ時代はこんなもんかい。

 とりま、コイツのキーアイテムは頂いとくけどな)


 そのまま、首根っこからキーアイテムであるペンダントを回収するが、彼女は眉を顰めて叫んだ。


「なんでじゃ!?」


(キーアイテムが光らんやんけ!?

 アレはただの演出やったか? いや、設定資料集には、想いのチカラが如何とか書いてあったわ……しゃーなしやな)


 近くの私兵に命じて少年を個室に連れて行く。既に預言の巫女の再来と確定した彼女の権力は果てしなく高まっていた。


 そのまま、個室の椅子へ少年を縛りつけ、兵士を扉の外へ待たせると、彼女は少年に近づく。

 そして、未だに混乱する少年へ、彼女が知っているダークヒーローの設定を語った。


「私は《預言の巫女》なんです。ですから、貴方の事情も預言で知りました。

 どうか、貴方のチカラを貸してください」


(どや? ……駄目なんかい!?

 どないするか……確保しといて、地道に信頼関係を構築する? それもアリやが、条件が分からんままでは、効果が分からんな。

 あ、そうや! 後輩のマッちゃんが言っとったやないかい!!

 キスや! キスすればエエんや!!)


『本当は《預言の巫女》がキスすればオッケーなんすよ。一瞬でも巫女のことだけ男が考えれば光るって設定なんで……。

 まぁ、乙女がキスすれば、奇跡が起きるのは乙女ゲームの基本だって、先輩も言ってたっすよね?』


 そうぶっちゃけた会社の元後輩を思い出した彼女は、預言を聞いてシリアス顔になっている、縛られたままの少年へと更に近づいていく。

 彼女に気づいた少年の疑問顔を無視して、両頬を掴むと、


──ズキュウーーーーーーン!!


「ぷはぁッ!! うし、光ったったわ。

 コレでイケるんか……やっぱりキスは乙女ゲームの基本やな! ほな次に行こまい」


 呑んだくれていた前世そっくりである口の拭い方を披露した幼女は、放心する少年を無視して部屋を出ていった。



 それから彼女は前世知識無双をしながら、攻略対象の情報を集めていった。


 本編開始時期は十年以上も先ではあるが、設定資料集に敵対勢力の暗躍年表が、細かいところまで全て載っていたのだ。

 故に、当然ながら全てを潰していく。

 彼女は自分が居る以上は、他にも転生者がいる可能性やバタフライ効果で事態が激変する可能性も考慮していた。


 だから、全ての悲劇を最短最速で潰していった。

 RTAこそが不測の事態に対する唯一無二の答えであると、彼女は信じていたのだ。


 敵味方の長所、短所、秘密、野望、全てを知っているからこそのRTAであった。


 そして、設定資料集と開発裏話から計算した場所で、未来の攻略対象からドロップするキーアイテムを拾っていく。



 東に奴隷市場があると聞けば、悪徳貴族を纏めて一斉摘発し、


「お前さん、獣人族の王子じゃろがい?

 その首輪外したるから、キーアイテム寄越せや!!」


「あん? やっぱり、牙のブレスレットは光らんか……。んじゃま」


──ズキュウーーーーーーン!!


「ぷはぁッ!! うし、光ったった」



 西に伝染病が蔓延していると聞けば、新しい特効薬を大量生産し、


「お前さん、領主一家の三男坊じゃろがい?

 くたばりそうな家族を治したるから、キーアイテム寄越せや!!」


「ちっ、一家の集合写真は母親の形見やったな……まぁ、新しく撮ればエエじゃろ?」


──ズキュウーーーーーーン!!


「ぷはぁッ!! うし、光ったった」



 南に魔物暴走が起こると聞けば、連合軍を組んで蹂躙し、


「お前さん、世界樹の森のハイエルフじゃろがい?

 寿命で死ぬ世界樹の子どもくれたるから、キーアイテム寄越せや!!」


「ほう? この精霊王の指輪、ちょっと光っとるやん。感心、感心、せやけど……ちょっと弱いわ」


──ズキュウーーーーーーン!!


「ぷはぁッ!! うし、光ったった」



 北に邪神復活の兆しがあると聞けば、勇者パーティーを引き連れて魔王城に訪問し、


「その宰相さん取り憑かれとるから、聖女ちゃん宜しゅう……エエねん、勇者のキーアイテムはミスリードやねん。やから、好きに励んでや。愛は聖女のパワーじゃきに。

 あ、お前さん、魔王の息子じゃろがい?

 邪神滅ぼしたるから、キーアイテム寄越せや!!」


「しもた!? 魔王の角がまだ折れとらんがな……。

 お前さん、この最強装備貸したるから、魔王継承戦やってきてちょ」


──ズキュウーーーーーーン!!


「ぷはぁッ!! うし、光ったった」



 商売で、トレジャーハントで、武道会で、魔術研究所で、自宅で、彼女は攻略し続けた。


「この冴えないオヤジが発明家やから、ケツモチしてんか? なかなかエエモン造るから儲かりまっせ。

 あと、ライバル店は不正しとったから、コッチで絞っとくけども、潰しまではせんから怠けたらアカンで?」


──ズキュウーーーーーーン!!


「ああ、お前さんが持ってる宝の地図やけど、ネタバレしたらツマランじゃろがい?

 ワイそういうのは気にするタイプやから、ヒントと軍資金だけ渡しとくわ。

 んじゃま、終わったらウチまで来てちょ」


──ズキュウーーーーーーン!!


「昨今の乙女ゲームは、戦闘パートも色々あるでよ。

 まぁ、確かにパズルやらクイズやらジャンケンみたいな簡易化タイプの方が主流かもしれん。

 じゃどん、本格RPGやらシミュレーションタイプも女性ゲーマーを舐めてない硬派な感じが良いと思わんか?

 せやから、恋愛したいのに戦闘が邪魔って言わんといて欲しいわ……。

 ワイ、あのゲームで戦闘パートの調整めっちゃ頑張ったんやで?

 ……つーわけで、お前さんもこのゲームの簡易化バトルには物申したいやろ? 最強装備をすれば幼女でも武道大会優勝できるのオカシイじゃろがい!?」


──ズキュウーーーーーーン!!


「分かっとるよ。ミニゲーム楽しいもんな?

 ワイも本編そっちのけでカジノしたクチやから、他人サマのこと偉そうに言えんけども……やっぱり、魔術研究をパズルで表現するのは無理があったんちゃうかなって。

 設定資料も開発裏話も魔術研究には役立たんねん……。

 せやのに、なんでゲーム作成のスケジュール管理が役に立っとんのじゃ!?」


──ズキュウーーーーーーン!!


「ハウジングやね。女性ウケを狙うならコレに注力しとけば間違いないまであるわ。

 結局、デコりたいんよな。そんで見せびらかしたい。不変の乙女ゴコロやろ?

 訪問機能の再現か、亡霊みたいな主人公ちゃんが、客でくるのはもう勘弁な!!

 そんで、この世界は課金要素も入手難度で表現しとるから、色々やれるけど……古代文明って言ったら何でもアリなのは、ワイも反省案件やなって思うとる。

 だって、ハウジングが楽し過ぎるんや……完全に現代住宅やんけ……魔導具は便利やけど、細かいところがなぁ……アカンわ、コレ入り浸ってしまうパティーンやね。ワイ堕落には詳しいんやで?

 ……ほな、断腸の思いやけど、ホムンクルスバトラーのお前さんに管理は任せるとして、キーアイテム寄越せや!!」


──ズキュウーーーーーーン!!



 そうして、彼女は《預言の巫女》としてだけでなく、稀代の英雄としても名声を得ることになっていった。

 余りの影響力に各国が連帯して《預言の巫女》に対する永続的な政治利用の禁止を定める条約を締結した程である。

 これは創造神を祀る教会も無関係ではなかった。故に、彼女を教会総本山へ招く理由として、政治利用ではなく、教会所属である聖女との友好関係を重視した、という建前を用意したのである。


「さて、聖女ちゃんと勇者の結婚式がやっと決まったわ。

 なんでか、教会の総本山でやるらしいけど、派手な分にはエエじゃろがい。

 ここまでが十年じゃったか……長すぎん?

 いや、RTAは継続しとるんよ?

 じゃけん、古代文明から発掘したった転移魔法の実用化が、去年になってしもうたのが痛かったわ。

 魔導車もなぁ、あの発明オヤジの設計があっても、法整備が手間取ったかんな……ワイも交通事故は他人事やないからチカラが入ってもうたのは認めるで?

 せやけど、転生は世知辛さまでリアルやねん。馬車組合だのテイマーギルドだのと利権団体に出てこられるのは敵わんわ。

 そしたら、移動するやろ? アイテム制作するやろ? 事後処理するやろ? ハウジングで時間泥棒されるやろ? ……あっという間に十年経っとるがな。

 ……アカンわ、回想なんぞスタッフロールと一緒くらいでエエんや。今のワイに必要なんは転移魔法陣の予約だら。

 いざ、総本山までお祝い行脚じゃ!!」


「おう、聖女ちゃんおめっとさん。

 なんや? 折角のおべべが泣いとったら台無しやないかい。

 そやで、女は愛嬌よりも強かさが大事な時代じゃきに。

 そんでな聖女ちゃんに頼むのもアレなんやけど……あん? ワイにプレゼント? これ、キーアイテムやないかい!? しかも、めっちゃ光っとるやないかい!?

 ありがとうな!! おん? ワイに頼み事やって? おっしゃ、何でも任しとき……目を瞑れ? こうか……?」


──ズキュウーーーーーーン!!


「……うし、光ったった。

 でもな、この初代聖女のタリスマン、結婚式で聖女ちゃんが勇者と誓いのキスをすると、光る筈じゃなかったんかい!!」


 

 彼女の前世が彼女へ転生してから十数年、漸く乙女ゲームが開始する時期が訪れる。

 彼女は既にゲームで特待生として訪れる筈の学園に現れる攻略対象達からドロップするキーアイテムを手に入れているため、来月の入学式には興味がなかった。


 オープニングよりも彼女が切実に待っていた出会いイベント──プロローグが迫っていたからだ。


「来おったで!!」


 厳重に施錠された彼女の自宅。

 古代文明に過剰なほど守られた最強のハウジング済みマイルームの自室内に光が満ちていく。


──ピカッ!!


「キュピー!!」


 そして、現れたのはピンク色で、天使の輪と羽が付いた、可愛く鳴く饅頭型生物であった。


「おっしゃあ!! お前さんを三年近く待っとったで!!

 真の姿にしたるから、キーアイテム寄越せや!!」


 彼女はゲームクリエイターの端くれとして知っていた。


 マスコットは、声優が大事であり、丸いのも大事であり、語尾も大事であると。


 マスコットは、真の姿が強かったり、カッコよかったり、黒幕だったり、神様だったりしながらも、少しだけ予想を外す設定がウケるのだと。


「キュピー!!!!」


 ピンク饅頭が、彼女の集めて来たマスコット専用制限解除アイテムを次々に投げつけられて輝きを強めていく。


「おらぁ!! コレで最後じゃあ!!」


──ポンッ!!


 最後のアイテムを投げられて輝きが限界を迎えたピンク饅頭は、間抜けな音と共に煙に包まれた。


 そして、彼女が待ち望んだ存在が現れる。


 それは機械鎧を纏った熾天使だった。

 六枚の翼を持つ天使型戦闘生物。

 星を破壊することさえ可能であり、とある世界において運命の乙女に機能を停止され、時空の果てへと送られたこの世界のイレギュラー。


「管理者コードOTOME BREAKER」


 彼女は緊張した顔で熾天使に向かって、を唱えた。

 すると、熾天使の目から光が消え去り、アクセスがどうの、管理者権限がどうのと話し始める。

 その言葉は"地球の言語"だった。

 それから諸々の確認を終えた彼女は、熾天使を放って自室のベッドに倒れ込むと叫んだ。


「完全にゲームの世界を模倣しとるだけやないかーい!!」

 

 マスコットのピンク饅頭。


 可愛らしくも物語で重要なキーにもなっているこの存在には、開発により露骨な秘密が隠されていた。


 なんと、その正体は大ゴケした前作乙女ゲームのラスボスだったのだ。

 無論、それを知った瞬間に、彼女の前世は叫んでいた。


「なんでじゃ!?」と。


 いや、理由は明白であったし、何なら嬉しかったが、それはそれとして、元後輩に物申したところ、


『あの熾天使、実は前作の設定を踏襲してるんで管理者コードとかも適応されるんすよ。

 ゲームだと記憶喪失っすけど、バックアップには前作ゲームでの記憶が残されてるっす』


 という答えが返って来たので、この乙女ゲームをやりながら、ニヤついて管理者コードを呟く遊びを楽しんだ彼女の前世だった。


 しかし、彼女は管理者コードが通用したことを喜ばなかった。


「なんで"地球の言語"が通じるねん!?

 あの前作ゲームは別世界のファンタジーじゃろがい!!

 あの世界にも、ちゃんと言語設定はあるんやで? 売れんかったから開発しか知らんけども……」


 、管理者コードは通用する筈がないのだ。


「ワイの日本語やって、なんでか強制的に異世界言語になってバグっとるのに、別世界の管理者コードが"地球の言語"そのままなんて有り得るかい!!

 設定だけ忠実に再現しとるけど、バックアップデータは穴空きやったし、前作ゲームのことほとんど知らん証拠やん……」


 彼女はこの世界が世界でも、世界でもなく、世界であることを確信した。

 確信した上で、叫んだ。


「神的存在ぃ!! ワイの作った乙女ゲームもキチッと遊ばんかい!?」


 彼女も十数年間を必死に生きたことで、思ったことがあった。


(この世界が乙女ゲームと似ただけの世界じゃったら、ワイは異物やないってことやんな? ほなら、主人公ちゃんは分離だけしてもろて、このハウジングを譲ってもらうのも有りよりの有りちゃうか?)と。


 しかし、この世界は神的存在が乙女ゲームを模倣して創ったモノなのだ。

 故に、彼女の前世は異物。

 それも、恐らくはコピペクリエイターである神的存在が、セルフパロディでもしたかったのか突っ込んだ存在である。

 だから、彼女は改めて誓った。


「ワイは、ワイを消すで!!

 許可のない二次創作は、ワイの美学的にナシよりの絶対ナシじゃけんのう!!」


 そして、彼女は熾天使からドロップしたキーアイテムを拾うと、


──ズキュウーーーーーーン!!


「うし、光ったった」


 いつもの行程を済ませてから、最期の準備を整えた。



「神的存在の居る場所に向かうための扉が、自室のクローゼットっちゅうのは楽やねんけど、熾天使のキーアイテムである神界の鍵で開くんを見ると、意味不明やな……」


 彼女は試しに他の場所にも鍵を差し込んでみたが、効果はなかった。

 どうやらこの世界にはストーリー的な強制力はないが、アイテム設定などに関しては細かい拘りがあるようだった。


「そんじゃ、行こまい」


 彼女は神界へと一人で進んだ。


 神界では当然ながら神的存在が、それはもう嬉しそうに待ち構えていて、彼女が聞いてもいないのに全てを説明してくれた。

 因みに、姿は元後輩だった。ありがちなパティーンである。


 この世界はやっぱり神的存在の娯楽として創られており、本来の乙女ゲームと同様にトゥルーエンドである『世界をループから解放して先の未来へ続けていく』という願いを叶えた時点で、世界が神の手から離れる筈だったらしい。


 しかし、本来の主人公は、繰り返す世界でも真面目に生き続けたため、逆ハーエンドに気づかず、魂を摩耗し過ぎて消滅してしまったのだ。


 神的存在としては、彼女が転生したこのままの状態で未来へ進めたいそうだ。

 無論、彼女は断ったが、神的存在もルールとして、未来へ進めるか、それ以外の願いを叶えるかは択一だとして譲らなかった。


 彼女は考えた。必死で考えて、前世を思い出して、に気がついた。

 故に、彼女はたった一つの冴えたやり方を叫んだ。


「キスしたるから、キーアイテム寄越せや!!」


──ズキュウーーーーーーン!!


 周回プレイヤーは、神的存在から与えられた願いの宝珠というアイテムを使用して特典を手に入れる。

 願いの宝珠は仕様上、大事なモノである。

 そして、


──ゴトリ……。


 眩く輝いている宝珠が、何処からともなくドロップする。


「ぷはぁッ!! うし、ドロップして光ったったわ。

 やっぱり、乙女のキスで奇跡が起きるんは、乙女ゲームの基本じゃけんのう!!」


 宝珠を拾った彼女は、呑んだくれていた前世そっくりである口の拭い方を披露してから、放心する神的存在を無視して願いを叶える。


「願いの宝珠はん、主人公ちゃんの人格をエエ感じに戻してちょ。

 あ、ちゃんと、ワイは居ないならんとアカンで? そこら辺は上手いことやってな……そうそう、そういうことやん。

 あ、そこは残せる感じで? それは主人公ちゃんも助かるなぁ。

 宝珠はん、神的存在よりイケてるわ。

 ……そんじゃ、宜しゅう頼んまっせ」


 そう彼女が告げると、宝珠の輝きが爆発するように解き放たれて神界を満たした。



 その後、願いの宝珠のチカラによって、主人公は摩耗した魂を取り戻した。

 それだけでなく、摩耗する原因となっていた繰り返される人生の記憶を、本のカタチとして読むチカラを手に入れた。


 主人公が目覚めたのは、ハウジングされた自室のベッドであり、概ねの事情は宝珠によって刷り込まれていた。

 しかし、摩耗するほど人生を繰り返したこともあるタフな主人公でも、現状の己が人生を理解した時には、身体の震えを止められなかった。

 尋常ではない立場のため、乙女ゲーム的な幸せを得る難易度がルナティックを軽く超えていたが、諦めない主人公ならば、多分、きっと、いつか……そう、乙女ゲーム的奇跡を起こして、ささやかな幸せ掴んでくれる筈である。


 その主人公のデフォルトネームがタイトルとなっている[リンネの書]の最終章には、キス魔となって無茶苦茶した挙句、世界最強の【預言の巫女】となった彼女の物語が載っている。

 そして、神的存在が放心したまま百年以上経過したことによって、世界のループは人知れず解放されるのだった。



 彼女の前世は目覚めた瞬間、自分が奇跡も魔法もない、無職に厳しいだけの世界で復活していることに気づいて叫んだ。


「なんでじゃ!?」


 因みに、言葉がバグったままであることにも気づいて、再度叫んだ。


「なんでじゃ!?」


 さらに、彼女の前世が彼女として手に入れた魔法のチカラなどを使用できることにも気づいて、三度叫んだ。


「なんでじゃ!?」


 その切なる叫びには、乙女ゲームの世界に生きた彼女より受け継がれた万感の思いが込められていた。


 当然ながら彼女の前世は、自分の元の人格を確かめた。


『…………』


 返事がない。ただの屍のようだ。


「あかんやん!? ワイの人格、死んでまっとるがな!?

 ……あん? そりゃ、そうやん。死んだから転生したんやん。

 つまり、もっかいワイの死体に転生したんか? 無茶苦茶やな……宝珠はん、サービス過剰やろがい」


 彼女の前世は呑んだくれようかとも思ったが、十数年間も唇を獲物にしてきた精神は、酒を求めていなかった。


 代わりに、彼女の前世は物申したい人間になったので、小説を投稿した。


「ワイの乙女ゲーム転生小説を書いたった!!」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女ゲー転生者の一万文字RTA 仮面ライター @kamen_writer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ