第124話 旧葛西橋と旧船堀橋

 晴海町まで行くとこの時代は行き止まりみたいなものなので、月島に戻り相生橋を越え、永代通りを東進することにした。月島から相生橋、永代通りには都電が走る。東側は比較的都電の営業が最後の方まで続いていたのは利用客が比較的多かったからかもしれない。永代通りを行くと洲崎という地名があった。令和の今では東陽町に当たるのだが、地名としては存在しなく洲崎神社など地名以外で生き残ってはいるが、かつて砂町線の終端でもあった場所だ。初めて昭和37年にタイムスリップした綾が錦糸町のあたりを走った時に亀戸のあたりを通過したがそこが水神森と呼ばれる砂町線の起点でもある。


 永代通りを東進し続けると、都電はやがて専用軌道になり道路から離れるあたりで今でいう明治通りを北上する。現在は公園になっているが、砂町運河を越えたあたりが葛西橋行きの都電29系統との分岐になる。この通りが清州橋通りで葛西橋行きの都電が走ってるのは奇妙だが、清州橋通りを東進すると葛西橋にそのまま行けるのである。


 「ふー、毎度思うけど川を渡るのに一苦労ね。」


 晴海町で道迷いではないが、このまま進むと面倒なことになることを理解して、グーグルマップと過去情報を調べると葛西橋通りを東進しても葛西橋にはたどり着けないことを理解したのでこういったルートを通っている。葛西橋の袂まで来ると釣り具屋や釣り船屋が軒を並べており、ここがこの当時の海の突端であることを改めて感じさせてくれる。橋に出ると今の葛西橋とは比べ物にならないほど安普請というか木製であって、オートバイに乗ったまま通るのは憚られるというか人道橋として使われているようだ。幸い、綾はYA-1なので押してる限りは人であるので、このまま通ることにした。橋にはハゼ釣りをしている輩がそこかしこにいて、ここは東京の一大釣り場なのだなと改めて理解する。エンジンを切ってるとはいえ、赤とんぼは目立つので、釣り人に声を掛けられまくる。荒川を越えるのにこんなに苦労するとは綾も晴海にいる時は思いもしなかった。いわゆる東京の下町の絵とはこのあたりのことを指していたのだなと思う。せっかくなので、オートバイを止めて橋から見える景色を見ることにしたが、海側を見ると確かにその先に架橋されてるものは見えなく、東京湾を一望できていた。陸地はちょっとだけ先にはあるがその先は海だけだ。


 「嬢ちゃん、これからどこまで帰るんでぃ?」


 と、江戸弁がかったおっちゃんらしき釣り人に声を掛けられる。綾は千葉まで戻ると言ったら、驚いた顔をしていた。そのくらい人々が移動するということに対して生活範囲が狭いことを現わしている。この時代の人は東京に住み、歩くか都電に乗って働くくらいの狭い生活圏で生活している人が圧倒的に多い時代。東京から千葉へ向かうというのも確かにあるが、オートバイでの移動となるとちょっとしたロングツーリングに感じる人もいるのもうなづける。


 おっちゃんはせっかくだからと綾にハゼ釣りをしてみないか?と、釣り具を渡して挑戦するように促した。綾もせっかくだからちょっとやってみようかなと見よう見まねでやってみることにした。万能竿に玉ウキに針にイソメを餌にした本当に簡単なものだが面白いように釣れる。これは確かに身近なレジャーであり、暇つぶしになりそして夕食のおかずになるのでそれは釣り人が来るわけだ。慣れてきたらおっちゃんは離れてまた自分の釣りを始めている。なんと長閑な場所なんだろうと思う。ちなみに現在の葛西橋はこの橋よりやや南側に架橋され昭和38年に供用開始される。それまではこの長閑な橋が荒川最下流の橋だったわけだ。では、車道最下流の橋はというと、船堀橋でありこれも現在の船堀橋とは違って、やや南側に架橋されて、こちらが最後まで残った木橋であったらしい。通れるといっても、橋面は砂利敷きで驚くことに午前は西行き(船堀から東大島方面)、午後は東行き(東大島から船堀方面)の一方通行というこれまた通常の通行が出来る橋ではなかった。つまり、国道14号線の小松川大橋まで通常の車道の橋が無かった。ということである。川向うへ行くのが如何に難易度が高いかを改めて感じさせてくれる。


 小一時間釣りをしているといい加減日が傾いてきた。おっちゃんがやってきてこっちへ来いと橋の袂まで行くと、釣ったハゼをその場で天ぷらにしていたものを綾に食べろと言ってくる。綾はさすがにお腹も減っていたのでありがたくいただいた。外で食べるのは何でもおいしいが、釣ったばかりのハゼを天ぷらでささっと食うのはこれまた美味である。白身魚らしくほっこりしたやや甘みのある肉にただ塩を振っただけだがこれが絶品だったので今度江戸川あたりでハゼ釣りをしてその場で食べてみようと思った。


 さすがに1時間以上葛西橋に滞留していたので日の傾きも日没に近づいてきたので、感謝の言葉とともに葛西に出るまで必死にオートバイを押すことになるのだがこの時はそれをすっかり忘れていた。

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