第117話 千紗
衆目にさらされる時間は長かったようだが、実際はものの1,2分程度だった。慣れてなく緊張して早く脱したいと思う時間ほど、長く感じられるものはない。会社で仕事してたり、学校の授業は長く感じるのに遊んでる時はあっという間。というやつだ。守衛から社員らしき人に挨拶をされ、社屋の中へと通されるが、来た時間が悪かったので社屋の中でも衆目を浴びている。奥の如何にも偉い人が使ってる個室へと案内される。そこにはやはり桜木町の海運会社の髭を蓄えた恰幅の良い中高年の紳士、沢田と同年代そうな今度は痩せた中高年だが、小ざっぱりした感じで、工場長というには貫禄が無い感じにも思えたが、工業の工場ではなく製薬工場なのだから重労働が伴うものはほとんどないのだから、そうだろう。と綾は納得した。
「沢田から電話が来て、そろそろかと思ったけど休憩時間中に来て囲まれちゃったのは大変だったね。」
工場長は沢田から既に綾がこちらに向かう、配達する人物像はある程度話されていたから、手際よく案内されたことを理解した。尤も衆目にさらされてる間は長い時間だったが、実質時間から考えればほとんど待たされていないのと同義だろう。綾は沢田から渡された軽い小さな箱を手渡した。工場長は中身を見て、にんまりとほほ笑みながら、綾にこう尋ねた。
「この中身が何か知りたいかね?中身に入ってるのはこれだ。」
工場長が手に持っていたものは、オートバイの鍵だった。だが、その鍵はいわゆる普通の鍵ではなく、明らかにこの時代に存在してはいけないキーレスエントリーキーだった。そこへ、衆目の目にさらされてる間、目が合った女性が入ってきた。
「失礼いたします。呼ばれて参りました。」
見た目は工場勤めにしては幼い感じで、髪型もこの時代の少女には無い独特なアンダーツインテールをしている。昭和ならおさげの女の子。という感じできつく縛った縛り方ではなく、緩く縛ったもので、この時代の人間ではないのでは?と綾はすぐに察知した。工場長は女性が工場長室のドアを閉め切って誰もこの部屋には入ってこない、聞こえないというのを確認した後、女性に向かってこう言った。
「千紗ちゃん、今はもう大丈夫だよ。いつもの調子でオッケーだから。」
綾は察してはいたが、この女性はやはりこの時代の少女ではないらしいのは女性の次の声で発するしゃべり方で、はっきり分かった。
「え?この人が千紗を迎えに来たの?マジ嬉しいっす!」
こんな返事の仕方を昭和の人間がするわけがないし、千紗がどっちかというとギャル系なのはなんとなくわかった。さすがにこの時代でギャルをするアイテムが無いので、せめて髪型だけでも今風にしたかったのだろうし、それ以上のことをすれば明らかに目立つので精一杯の千紗なりのオシャレだったのかもしれない。
何はともあれ、事情はさておき裕子と同じく昭和から戻ってこられなくなった人を綾が回収する。という流れは同じようである。陽子さん自身が行けばいいような気がするのだが、これはきっと陽子さんは行けない事情があるのだろう。
「はじめまして、綾と言います。千紗さん、でしたっけ?いつからここに来たの?」
綾がこう聞くと、千紗はこう言った。
「平成7年っす。」
ん?と綾は自分と年齢が近しい世代かと思ったのだが、実際は綾よりも遥かに年上だった。
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