第113話 野毛山遊園地

 託された小さな荷物は見た目より遥かに軽いものだった。髭を蓄えた恰幅の良い中高年の紳士と製薬会社の関係もわからないまま、受け取ったが髭を蓄えた恰幅の良い中高年の紳士は自らを沢田。と名乗っていた。この沢田という紳士は、荷物を渡した後、地図をおもむろに開いて綾に見せた。


 「陽子さんの使いということだから多分この地図を必要としていると思うから、どうぞ受け取ってください。」


 仕草がいちいち上品な沢田はどうも、綾のことをこの時代の人間ではないことを知っているようだ。そして、荷物を受け渡すという体はあるが、その実は工場長が世話しているとある人に渡すものらしい。沢田が受け取った陽子からの手紙に何が書いてあったのかはわからないが、おそらくこの沢田の所属する海運商社を助けることになる情報が詰まった手紙だったのだろう。何しろ、手紙を受け取ってから荷物を持ってくる後の表情に安堵感がにじみ出ているようだった。穏やかな表情で上品さに輪が掛かった感じだ。


 「ここから砧に行くにはこの時代だと国道1号で多摩川まで行き、渡らずに二子橋から砧に行くと良い。環状道路とやらは無いと思うから、どうかお気をつけて。」


 ここで、環状道路=環八のことを沢田が知っているということは、知っていることは確信できた。敢えて、私は全てを知っている。という言葉を発しないということは、ここでの話は曖昧なままにしたい。という沢田の意思でもあろう。綾はもう少し沢田というこの中高年の紳士と話したくなってみたいと思ったが、秘書らしき人がノックをして次の予定が迫っていることを沢田に伝えに来たので、この海運商社を後にすることにした。


 社屋を出た綾は、令和の時代から考えると、夏としてはもうだいぶ涼しい風が吹き秋も間近であることを感じながらまわりの風景を見渡すと横浜と言えども高いビルはほとんどなく、空が広い。市電がのんびりと走ってる昼前であった。そういえば、そろそろお昼時だった。お腹を手に当てるとグゥ。と空腹を知らせる音がしていたので、横浜でお昼を頂くことにしようと思った。もらった地図を見ると今のような高精度高精細情報が詰め込んである地図とは異なり、緩い感じの地図だったが、湾岸地区に公園が整備はされてそうも無いのはこの地図でもすぐわかったので、公園設備がこの時代でも機能してそうな野毛山方面にいったん向かうことにした。野毛山公園は現在こそ動物園と公園だが、この時代は遊園地になっていた。せっかくなのでこの遊園地でお昼にした。遊園地には観覧車があり、ここでサンドイッチとサーモボトルからコーヒーを注いでちょっとしたプライベート空間を楽しむことが出来そう。



「へぇー。ここはたまたま見つけたけど横浜も昔はこうだったんだ。。。」



 観覧車が上に向かい始め、頂点に登るあたりで横浜の街を一望できる。こうしてみると現在のみなとみらい地域は埋め立てされてるところもあるがそのほとんどがまだ海で埋め立てられている場所もいわゆる港湾地区で広大な貨物列車の操車場やドックらしきものが見えており、公園や商業施設がこの後出来るとは到底思えない海岸線を呈していた。スマホで写真を撮って感心している間に観覧車はゴールへとたどり着きそうだったので、お昼を観覧車で食べるというのは無理であった。昭和30年代の遊園地の観覧車なんてビル4回くらいの高さしかないから相当ゆっくり回ってもあっという間の時間である。


 綾はゆっくりできて人の来ない場所を探し、公園の芝生でサンドイッチを頬張り、サーモボトルからコーヒーを注いで改めてこれから向かう砧の製薬会社への道の確認を貰った地図を見て確認をした。

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