第112話 桜木町の重厚なビル

 品川から横浜までは雑多な雰囲気がより濃かった。川崎駅周辺に来ると、湾岸地区の労働者が行き来する活気を感じる街で、川崎市電にトロリーバスが大活躍している時代でこの10年後にはモータリゼーションによって公共交通も市電やトロリーバスからバスに置き換わり始めるのは、やはり渋滞対策と自家用車の普及にある。鶴見まで来ると横浜市電の区域になり、また湾岸地区の労働者の活気を感じられる。京浜工業地帯はまさに日本の重工業の発展の担い手だというのがこの長大な工業地帯と、そこで働く労働者の生活を見ると改めて感じるものだ。鶴見線に行けば今でもその長大な工業地帯へ労働者を運ぶ路線が現役で走っており、高度経済成長時代の面影を色濃く残してくれている。

 目的の桜木町の海運商社に着いた。石造りの今なら歴史的建造物になりそうな立派な建物に入ると、守衛さんがいるかと思いきや、あっさり普通に入れて、受付の女性に書類を見せたところ、担当者らしき人がやって来て部屋へエスコートする仕草をしていた。どうやら、バイク便のようにサインをして渡すだけでは無い用事になりそうだ。エレベーターは、今のようなボタンを押せば自動で扉が開き、目的の階へ運んでくれるものではなく、呼び出したら手動で格子扉を開き、そして閉じなければ動いてくれない。綾はちょっとだけ炭鉱夫のエレベーターみたいだな。とか思ったが、ラピュタの炭鉱夫のエレベーターはエレベーターの籠自体をパズーが操作してたアレよりは大分先進的ではあるなとか、アニメオタクみたいな思慮を巡らせているうちに、応接室に通された。

 「やあ、遠いところからわざわざ手持ちで運んで来てくれてありがとう!」

 髭を蓄えた恰幅の良い中高年の紳士がそこには立っていた。どうやら海運商社の偉い人なのだろう。手持ちで運ぶ理由は恐らく企業秘密か何か重要なことがあるからこそであり、この企業にとって価値があるアクションだから応接室に通された。と見て良いだろう。陽子さんの本当の素性は何者なのかは知りたくもあり、知らないほうがいいのかもしれないなどと差し出されたコーヒーを飲み始めたら陽子さんは元気か?と聞かれて綾は元気にしている。と当たり障りの無い返答をしたのだが、髭を蓄えた恰幅の良い中高年の紳士が、小さな箱を持ってきて、これを砧にある製薬会社の工場長に渡して欲しいと託された。

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