第111話 京浜急行の併用軌道

 靖国通りを西進すると錦糸堀、つまり錦糸町に出た。ここは都電では最終期まで活躍した路線で車庫も駅前にあり駅前に楽天地なる遊興場もあって浅草に並ぶ老舗歓楽地で、ここより東はどこか田舎の風情を感じるくらいに東京はまだ小さかった。

 両国は房総や水郷へのターミナルの機能をまだ存分に発揮しており、蒸気機関車はここまで来ていたようだが国技館はまだ川向うの蔵前にあり今のような相撲シティーにはなっていなかった。

 東京大改造は東京オリンピックにより劇的に進み始めるので首都高速は基本的には堀の上または堀を使って作られ、景色が一変してしまった要因の一つなわけで、この時代はそれが一つもない。日本橋の上に首都高速が架かって景観が悪いから地下化のプロジェクトが進み始めているが、まさにそれのこと。

 実際に堀が堀として残ってるのを見渡すと、景観が良いかというと、係留された小型の船が蟻のように密集して、澱んだ堀の水からは汽水域ならではの潮の匂いと漁港ならではの匂いが混ざって決していいものとは言えない。

 ただ分かることは空が広く感じた。今は超高層ビルが林立し、高速が空を覆っており、これも景観はよくはないし何より日の当たる場所とそうでない場所やビル風による強風とビルによる滞留した空気とまだらな環境に疲れるので、空が広いだけで走りやすさが段違いに良い。

 都心までくると時間もあるが大分車通りが増えてきた。ウィンカーを持たないオートバイが普通の時代なのでもう少し牧歌的な環境かと思ったらそんなことはなく、これから訪れる交通戦争を十分に予感させるくらいには殺伐としてきた道路環境。

 やがて、品川まで来ると綾が期待していた京浜急行の併用軌道区間が近づく。京浜急行は元は北品川までで、紆余曲折で今のプリンスホテルあたりに一度は延伸して東京市電を使い、インターアーバン、所謂都心直通を狙ったが、実際には北品川で市電に乗り換える運用までであった。最終的に都営浅草線と直通運転になったわけだが、このいたずらな運命を常に握っていたのが八ツ山橋から北品川の区間だ。

 綾が見た八ツ山橋は京浜急行が豪快に急カーブを右に折れて、国道1号線を路面電車として走っている姿だった。それは今で言うライトレールのような車両ではなく通常の電車が路面電車として走っているから異様そのもの。近年だと名鉄の犬山橋がまさにそれで、現在では地方鉄道で一部残っているかどうかで、地方ではなく都心に存在してることに感動した。ちなみに令和現在の国道1号線は新八ツ山橋であり、八ツ山橋から現在の国道1号線に繋がる側道としてひっそり生き残っている。

 この併用軌道が終わるのは綾が今いる昭和30年の翌年のことで、オートバイを止めて見渡すと現在でも八ツ山橋から北品川は急カーブだがそれを遥かに凌ぐ急カーブさ、国道1号線という主要道路に併用軌道があること自体危険そのもので、人員を配置して交通整理してもなお、明らかに鉄道にも自動車にもボトルネックとなっているのは明らかでこれが解消されてしまったのは些か残念ではあるが、そうせざるを得ない環境ではあった。もう少し早く新八ツ山橋が、完成していたら延命できたのではないか?とか考えてしまっていた綾だが、こうして実際に見られたことは感激ひとしお。

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