第106話 皇居の中に出版社があった?!

 自宅に戻って、令和の夏!地獄の暑さを感じながらも今日の花火大会であった出来事を綾は考えていた。花火大会自体は最高の環境で迫力あるスターマインを間近で見られてとてもよかったが、沙織や康夫との再会を見て人の人生は思ったほど長くはないという実感もしつつ、自分はまだまだ大学生でこれだけのありえない経験をわずか半年くらいで得られたこと、わずか半年で吸収できないほどの情報量を浴びてしまったことに整理しきれていないことも自宅に戻って改めて実感した。そして、これからさらに見たことのない日本の戦後黎明期に戻ることへの不安と期待も同時に小さな胸で受け止めていた。勿論整理などできてはいないが。裕子はすっかり酔いつぶれて寝てしまったようで、話す相手はいないからこそ整理を考えようと思ったわけなのだが、今するべきではないなと、とりあえず寝ることにした。


 翌日、裕子は綾より先に早く起きたらしく、置手紙が置いてあった。それによると、昨日康夫との約束で今日も会うことになったようで、オールドゲームセンターを切り盛りしている康夫の元に遊びに行くそうだ。綾としてはゲームセンターにはあまり興味も無いというのは裕子も理解はしているし、何より綾は康夫のことはわずか1日しか知らない相手なので、一緒に行くという選択肢は無いなということもお互い理解しての行動だろう。さて、綾は朝食を摂ろうと思ったが、昨日のお酒もあってか、さっぱりした朝食を外で摂ってからバイク屋「ようこの」に行くことにした。ちょっと変わった朝食というよりもありきたりなハンバーガーチェーン店の朝食で済ませることにして、借り物だがもう結構一緒に走っているVFR400Rを駆ってハンバーガー屋に向かう。まだ、午前中も早い時間なのでうだるような暑さにはなって無いこの時間帯が唯一オートバイを走らせて気持ちがいい時間だろう。


 ソーセージマフィンとコーヒーを頼んで安価且つ軽い食事をしながら冷房の効いた店内から道路を見るというのは結構楽しいもので、営業車、高級車、スーパーカー、バスと朝の喧噪を駅で見るのとは違い乗り物によってその人がどういう人物で何をしているのかの差が目に見えて大きく違うことだろう。今日は日曜日なので休日の朝早くから営業車を出す人は本当に頭が下がる思いだが、単に会社の車で遊びに行ってしまう人も混ざってるのかもしれない。などと、カーウォッチングをしていたら、バイク屋「ようこの」の開店時間になっていたので、向かうことにしたが、ほんの1時間少々で耐えられた暑さがうだる暑さでめまいがする暑さに変わっていたので、ここからは苦行と考えてさっさとバイク屋に向かうのが賢明だろう。


 バイク屋「ようこの」に着いた綾は早速陽子さんに声を掛けた。


 「綾ちゃん、待ってたわよ。」


 そこにはヤマハYA-1が鎮座していた。ヤマハ発動機ではなく日本楽器製造株式会社製のオートバイだ。発売年は1955年。つまり昭和30年で、当時はオートバイメーカーが群雄割拠している時代において、別事業の会社が次々参入してもおかしくない時代だった。比較的有名な陸王モーターサイクルやミシマやキャブトンを出していたみづほ自動車、トーハツこと東京発動機、メグロ、トヨタもトヨモーターとしてオートバイを発売していた時代でまさにオートバイ天国の時代だが、一方で高速道路のみならず※有料道路などという道路は全くと言っていいほど存在しない時代でもあった。


 「昨日話は軽くしたけど、桜木町の海運商社にこの書類を渡して、そこで受け取った箱を砧の製薬会社に持っていくだけの簡単なお仕事よ。」


 と、簡単そうでも無く怪しい感じの依頼だが、その間に写真も取れるだけ撮ってきてほしい。という注文も付いたが、その後、東京都千代田区代官町1番地にある出版社に寄ってきてほしい。という注文だった。早速グーグルマップでその住所を打ち込むと、なんと皇居の内堀の中にあった。今だと内堀の中には事業会社は一切居を構えておらずそんな場所に出版社があるのか?という謎を引きずりながらYA-1に火を入れると、これは2ストロークだということを理解した綾だった。



※昭和28年(1953)12月に開通した三重の参宮有料道路が日本初の有料道路だが、自動線専用道路としては昭和35(1960)年4月29日に東京都江戸川区一之江~船橋間の京葉道路が開通し、翌年、道路法に基づく日本初の自動車専用道路として指定された経緯がある


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