昭和30年へ

第104話 赤とんぼ

 花火は打ち上がり人々の目は花火へと向かう。綾は沙織の横にいて花火の儚さとつい1週間前に見た沙織は女子高生だったが今横にいる沙織はもう50を超えている女性になっている。面影こそあるが、わずか1週間で30年以上の経験をした立派な女性になっており、花火の光に照らされる沙織の横顔を見ながら、自分の人生も30年でどう経験が蓄積されるのだろうなどと思いに耽りつつ、沙織との出会いが沙織の人生に影響させてしまったことに疑問を持ち始める。SF小説では過去への不干渉。というのが大原則だったりするわけなので、これは用意された干渉だったのかもしれない。


 花火大会は実際は1時間ちょっと、令和の酷暑を忘れられる1時間でもある。陽子さんからもらったビールも1時間でみんなで飲み尽くしてしまうペースで飲んでいたので酔ってしまったかな?とか思いながら、反対側を見ると康夫と裕子は花火もそっちのけで宴会状態になってるようだ。昭和の飲み会を5年も経験している女は違うな。と思った。


 花火大会は終わりはあっさりと終わってしまう。令和6年の江戸川花火大会は8月下旬だが、令和5年の花火大会は8月上旬なので夏の終わり。というにはやや早い時期。まだまだこれから夏が待っている。という時期。寂しさよりはこれからまだ夏の冒険が待ってるという気持ちなので沙織と康夫との別れはさほど寂しさというものは伴わなかったし、また会おう。という約束がこうして守れたすっきりした気持ちもあった。


 「綾さんに裕子さんと会えてよかった。あたしこそすっきりした気持ち。あと、変わらなくてうらやましい!」


 と、冗談交じりに沙織は別れの言葉を残してくれたのも綾にとって嬉しかった。裕子と康夫はまるで年端の離れた親子なのに友達以上恋人未満のような世界を醸していたが、裕子としては康夫が令和でも元気にしている、このご時世でゲームセンターという文化が失われつつある中で、ゲームセンターを切り盛りしているということを聞いて嬉しく思った、それ以上にオールドゲームの話が出来る仲間がいることに安堵したという感じだったようだ。


 地元の名士はいつの間にか陽子さんに挨拶して帰って行ったようだ。夜の河原にはトンボが飛んでいる。真夏よりも早い時期からトンボは飛んでいるが、この時期のトンボは赤とんぼでも赤くはなく黄色いトンボが飛んでいる。人々は思い思いに自分たちの帰るべき場所に帰ったり、京葉道路まで出てからヒッチハイクしている輩もいたりとカオスだ。陽子さんは車を用意していたらしく、篠崎駅とは逆方向に2人を連れて住宅街を抜けていく。陽子さんと綾と裕子の3人になったところで、陽子さんから声を掛けられた。


 「どう?うちのバイクたちの性能は?!」


 いやいやいや、それは性能以前に生産時の時代に戻るオートバイということ自体が何なの?という気持ちだったが、それ以上に今日の集まりで陽子さんが何か企んで自分たちをその中に引きずり込んだというのがはっきりわかる1日だった。それが自分たちでなければならなかったのかは置いて。


 「で?陽子さんはこの後何か私たちにお願いとか別のオートバイに乗ってほしいとか何か言いそうよね。」


 陽子は空を仰ぎながら、言った。


 「YA-1…って知ってる?ヤマハが最初に作ったオートバイ。正確には楽器屋のほうが作った唯一のオートバイ。」

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