第103話 時間経過の歪みと記憶


 老人は空気を読んでか、他の人に挨拶に行ってくる。ということで、席を外した。もう一人の男性は、裕子が新潟のゲームセンターで世話をしてくれたあの男性だった。


 「お久しぶりです、裕子さん。本当に・・・変わりないんですね。」


 裕子は最初はわからなかったが、男性の名前を聞いて新潟で世話になったあの店員と気付いた。男性は令和5年の夏は66歳になっていた。すっかり老人である。とはいえ、この時代の66歳は老人というには失礼と感じるくらいしっかりした感じでいまだ当時の英気を感じる眼光と装いだった。


 「康夫さん?!久しぶり!と言ってもあたしからすると半年ぶりなんだけど(笑)」


 とはいえ、康夫にとってはゲームセンターで一緒に働いていた時代にすでに裕子が未来から来た存在であることは聞いていたが、改めて遥か昔の容姿のまま裕子を見ると実は裕子の娘なのでは?という気持ちも有ったり、一方で裕子にとっては36年も経過した康夫を初めて見たので戸惑いもあるが、新潟で一緒に働いていた時の話をし出したりすると、お互いが令和5年に出会う年齢相応の見た目ではないが本人であることを確信したあたりで、止まっていた砂時計が動き出したかのように話が進んでいく。一方でもう一人の女性がその二人のやり取りを見てびっくりしたやら、今回呼ばれた理由が分かったようだ。その女性は綾に名前を申し出た。


 「あたしです。沙織です!綾さん」


 綾はこの状況からなんとなく察していたが、深くかぶった帽子とマスクを外した沙織の面影が十分あるのでわかった。そして沙織は当時の話をしだした。あの後、甲府の峠を走ることを止めて行きつけのオートバイショップに通うようになりオートバイ仲間を作り、その仲間内でサーキットで走り、選手権にも走るようになり、その後テレビでも注目され芸能人が企画したイベントで走ることになってそこで視聴者からの反響もあって、気づいたらテレビによく出るタレントになっていたようだ。


 「36年ぶりですね。と言っても綾さんからするとつい最近になるのかしら?」


 沙織は懐かしいそうな顔と、やはりどこか信じがたいという顔が交錯したような感じで疑問形で綾に話しかけていた。


 「沙織ちゃんね!そう、あの時あってから実はまだ2週間くらいなんだけど、あの時は正直に伝えられなくてごめんなさい。」


 沙織はやはり康夫と同じようにあの時一緒に取った行動を聞き出すかのように問いかけてくる。一緒に行ったファミレスでの会話の内容や、どこで出会ったかということなど。そう、36年という歳月の中で1日の出逢いであるがこの1日が沙織の人生を大きく変えたきっかけではあるので忘れることは無い。しかし、時間経過というのは否応も無く詳細の部分というものは欠けてくるからはっきり覚えてることしかやはり伝えられないものであるが、綾からの詳細の話を聞いて愛宕峠で一人で走っていたことやそれはどうして一人だったのか、ファミレスの店名と何しろポケットからその時のレシートが出てきたこと、そのレシートが36年も経過したら熱転写式ならばすっかり文字も読めないはずなのにしっかり読める事を見て、あの時の綾ということを確信できたのだ。


 康夫と裕子は当時のいつもの通り居酒屋でよく飲んでいたノリでいつの間にか乾杯して当時を語り合って入る隙も無いくらい盛り上がっていた。


 なんだかんだと、こうして盛り上がってるところでいよいよ花火大会が始まるようだ。地元の名士と一緒にいつの間にかいなくなっていた陽子さんが缶ビールをレジ袋いっぱいに持ってきて準備万端ね。と、どことなくしたり顔のような、安心したような顔でやってきて花火大会に向けてのセッティングを終えた達成感にも似たような表情で缶をプシューと開けて一気にビールを飲んだ。


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