第95話 鍋底と鍋の縁
精進湖から本栖湖はすぐだ。国道358号線から国道139号線、国道300号線と山の中に国道の端部がある。浩庵キャンプ場との分岐の先に行くと例のスポットだが、来てみたらそんなものは無かった。時代が早すぎたようだ。とはいえ、ここからの富士山は絶景だ。真夏の鍋の底から脱出した二人はここで夕涼みを兼ねて休憩をした。
「標高900mは伊達じゃないね。涼しいというか日が暮れると肌寒いわ。」
山岳道路の夕暮れはよほどのことが無い限り夏でも走ってると肌寒いことが多い。甲府周辺はちょっと走れば標高1000m近い場所に気づけばいる。という地形の通りまさに鍋底できっと戻ったらまだ熱気が籠っているのだろうと思うとなかなか踵を返すのも躊躇してしまうが、逆に返せば夕涼みしやすい場所でその気になれば天然のクーラーがすぐそこにあるわけで、コンクリートジャングルの関東平野よりも遥かに住み心地はいい気はしてくる。もっとも人口のクーラーはそこら中にあるわけだが、昭和63年というと営団地下鉄(現:東京メトロ)は1988(昭和63)年から冷房化がスタートし、1996(平成8)年に全車両が冷房車になったので、気を抜くと地獄の暑さがあるのが昭和だ。
「さて、時間ももう19時だし宿に行こう。下界は暑そうだけど。。。」
本栖湖に月明かりが反射するようになり、あたりはすっかり真っ暗なことに気づいた。帰りも山道になるのでなるべく幹線道路を走ったほうがいいだろうと、国道300号線を進まずに来た道を戻ることにした。ちなみに、この時代の国道300号線はループトンネルが無い、その他のバイパストンネルが無いくらいで、基本的にはあまり変わってないのだが、現在の国道300号線も随分な山道なので避けて正解だろう。
来た道を戻ると国道358号線から見える甲府の街がキラキラと輝いていたが、綾には煮詰まった鍋底の沸騰した泡を見るようにこれから蒸し暑い夜に戻る憂鬱さとして見えていた。
ねばっとした生暖かい夜の帳を抜け、宿にチェックインした二人は急いでお風呂に入った。夏のツーリングは暑さと汗との闘いでもある。オートバイで走るにはいい季節という時期は年間に何日あるのだろうと思ってしまうが、一瞬の気持ちよさを求めて走り続けるのもまたオートバイの楽しさなのでこれは考えても仕方がない。
お風呂に入った二人はすっきりした体で夜の居酒屋を探す。少し歩いたところにJR身延線の駅がありこのあたりに居酒屋が点在しているようで、早速鳥もつを肴に二人は祝杯を上げる。明日はどう帰るかを二人は話し合うのだが、そもそもの始まりはスポット巡りだったが、ほとんど回らないで1日を送ってしまったので、明日こそは国道411号線からの奥多摩有料道路、30m道路経由で帰ることにした。奥多摩有料道路は綾が初めて昭和を実感した道路だが、裕子は昭和の奥多摩有料道路を走ったことが無いので気分が高揚しているらしい。令和で奥多摩でローリングしているような人たちとは違って全盛期なのできっと期待した仮装軍団がいると信じているらしい。実際はあまりのオートバイの多さに休日なら走ること自体が大変なオートバイの量なのでローリングどころではないのだが夢は見させておこう。という綾。ほろ酔いになるころには綾もどうしても気になってるというのが塩山側の柳沢峠までの国道411号線と花魁淵だ。どちらも昭和の国道411号線とはだいぶ線形も通るルートも激変している。昭和ならではを山の中に求められるのは現道と旧道が大きく様変わりした道路くらいだが、やはり一番激変するのはダムによって沈んだ道路だとは思うので、国道411号線のような線形改良が地道に行われてる山岳道路はむしろ珍しい方だろう。
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