第94話 精進湖へ向かう

 「やっぱり、折角だから国道411号線を走ってみたいのよねー。でももうすぐ日暮れね…。」


 青梅街道、つまり国道411号線に向かったとしても明るいうちに峠すら越えられるかわからない時間帯になってしまった。時間はもう17時を回っている。国道20号線で大月方面に向かう、または中央道をただひたすらまっすぐ帰るというのも実に勿体ない。それならどこかで一泊してしまえばいいか。という気持ちが綾の中で脳裏をよぎった。このパターンは新潟で裕子と出会い、タンデムで帰る時と全く同じだ。綾はどうも計画的に行動が出来ない性分なのかもしれないが、休日という限られた時間を存分に楽しむことに全力を注げる性格ともいえる。


 「裕子さん、今日は泊まっていかない?甲府なら今からでも宿探せると思うし。」


 裕子も同様の気持ちだったようで、即答で今日は甲府で泊まることが決まった。宿は予算的にもビジネスホテル一択ではあるが、県庁所在地だけあって、ビジネスホテルは結構あるし、駅から離れたところだと劇的に安い。令和6年の今はインバウンドで宿泊費が高騰しているが、この時代もちょっと前のコロナ時代も素泊まりなら1泊3000円なんてのは普通で高速道路に乗らないで帰れば宿泊費は十分賄えてしまうくらい。


 早速、グーグルマップを見つつ昭和時代にも存在しているか確認して予約をしてオートバイで向かう。と言いたいが、まだ外は明るいし、何より真夏のツーリングは夜こそが快適なので、チェックイン時間を遅い時間にしてもうひとっ走りすることにした。グーグルマップを開いて、あたりだけを付ける。令和の地図で昭和にその道路が有るか判断するには、国道ではない高規格道路はまず無いと考えていい。特にバイパスで旧道が近くに無い、または新たに切り開いたルートはそもそも通れないと考えていいだろう。甲府周辺で言うと雁坂トンネルなんかがその代表格で雁坂越えが可能になったのは平成10年、つまり1998年のことなので昭和が終わってからほぼ10年後というくらい新しい。埼玉と山梨の県境は雲取山から甲武信ヶ岳の2000m級の稜線という高所しかない県境であってこれをつなぐルートは存在しなかった。雁坂峠が唯一のルートであったが点線国道と呼ばれるいわゆる登山道で、峠近くに便所国道と呼ばれる名物ルートがあった。正しくは点線国道上ではない支線のようだが。


 「本栖湖に行ってみよう!」


 甲府駅のちょっと南のファミレスにいた二人、ここからだと甲府精進湖有料道路経由で精進湖経由で行って片道1時間ちょっとくらいだろう。現在はこの甲府精進湖有料道路は昭和48年から平成6年まで有料でそれ以降は無料の国道358号線となっているが、山の中なのに線形がきれいなのはそういった理由からである。甲府からは国道358号線でそのままたどればいいだけなので、迷う心配もなく快適な有料道路で鍋からぬけだすことにした。荒川と笛吹川の合流部あたりまで来るとすっかり田舎そのもので夕陽が南アルプスに隠れようとしている。川面がキラキラと光り、橋の上は少しひんやりした風が吹く。鍋の火が消えたことを感じさせる。甲府精進湖有料道路に入った途端高規格道路となり、トンネルをいくつか越え、料金所のあたりで精進湖が眼前に広がる。精進湖はさほど大きな湖ではないのでオートバイで軽やかに走っているとあっという間に終わってしまうが湖沿いをそこそこ快適な線形の道路を走るのは気持ちのいいもので湖の終わりあたりで富士山が突然顔を現わす。


 「わぁ、やっぱり泊りにして良かった~。某アニメの富士山が見える景色は対岸の方なのね。」


 などと、ちょっとアニメ聖地巡り癖もある綾としては対岸の道路の方を走りたいとなんとなく思ったが、日没も間近なので本栖湖方面へさらに足を進めるが本栖湖もアニメ聖地である。

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