第93話 通信手段

 ファミレスで数時間話してわかったが、沙織は甲府市街に祖母と一緒に住んでいるらしい。自宅は横浜にあり、両親ともに健在だが両親ともに海外で仕事が多く、沙織一人で横浜に住まわせるのなら海外に連れて行こうとしたが、沙織がそれを拒んで祖母が住んでいる甲府で高校に通うことになったそうだ。高校では目立たない立ち位置で過ごしているらしく、友達もさほどいないようだが、それでも仲のいい友達は数人いるような話しぶりだった。実際、話してて性格に難があるわけでもなく、オートバイさえ降りれば普通の女子高生そのものだ。だからこそ、オートバイについて語る仲間がいなかったようである。


 「沙織ちゃん、それなら行きつけのお店とか作ってツーリング仲間とか作ればいいんじゃない?あたしと裕子さんは大体そんな関係なのよ。」


 半分は嘘だが半分は確かに本当である。沙織も実際オートバイ乗りの女性と話してみて頑なに一人隠れて峠を走り込むのも続けてられないし何より孤独を求めながら人との触れ合いも求めてることを認識してしまった。またオートバイ乗りの女性となら楽しく話せることもわかったので、行きつけのオートバイ屋さんを作ろうと決めたようだ。


 話し込んではや4時間くらい経過してしまった。あたりを見回すと日が傾き始めていたが、灼熱の鍋底もだいぶ冷えてきたようだが、綾も裕子も当初の峠を回る。というスケジュールがすっかり地元女子高生との楽しい会話にすり替わってしまったことに気づいた。


 「あ!もうこんな時間!!!そろそろ動かないと。」


 沙織がはっとした顔をして仕切りに二人に大切な時間を無駄にしてしまったことに平謝りしていたが、二人はそんなことはなく、思わぬ出会いと楽しい時間を過ごせたことを沙織に伝えた。


 「またお会い出来ますよね?!」


 沙織がそういうと綾は昭和時代の連絡方法に戸惑いを感じてしまった。令和ならLINEやツイッターなどSNSのアドレスや、メールアドレスと携帯電話番号など個人と紐づいた情報がいくらでもあるのでいつでもコミュニケーションが取れるが、この昭和時代というやつはそうは行かない。例えば電話、これは自宅の据え置き電話しかないので通常電話するにはハードルが高いが基本これしか即時性のある通信手段はない。ポケットベルはすでに世に出回ってはいるがこれは会社員の営業担当とかが持ち歩くおじさんのツールで有り、維持費も高価でので現実的とは言えない。携帯電話も出回ってはいるが、これは会社員ではなく会社役員レベルが持ち歩くものでさらに携帯できるかというと結構かさばるので携帯電話とはちょっと言えない代物だ。そんな通信環境なので、ツーリングに行った先で同行者とはぐれてしまった場合は事前の打ち合わせで時間と場所を示し合わせてない限りはまず再び出会うのはほぼ困難だ。そこで昭和のエキスパートの裕子の出番である。裕子は昭和の新潟で5年間過ごした女だ。顔つきが違う。沙織に鉛筆と紙を要求すると沙織はウェストバッグからメモ帳とボールペンを難なく出してきた。


 「この住所とこの電話番号なら連絡が付くからまた会いましょうね。」


 それはバイク屋「ようこの」の住所と電話番号だった。あのバイク屋はこういう時のゲートウェイとしても使えるらしい。携帯電話の090が付いた番号など見せたら二度と会う気が無い、いい加減な番号を出してきたように思われてしまうだろう。この時代だとナンパも紙とボールペンなどで連絡先を聞いてくる輩がいるが実際作者もそういうことに遭ったことがあるのでそういう時は東京都千代田区千代田1-1と書いていた記憶が思い出されるものだ。沙織はもう夕方なので祖母との用事があったことを思い出したのでメモ帳を預かると申し訳なさげに急いで帰るのだった。二人はファミレスの駐車場で沙織という女子高生との交流を噛みしめながらも、予定外に夕方になってしまったので地図を開いて帰りのルートを思案することになった。

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