第85話 乗鞍大雪渓とNSR
標高2,700mの激混みの観光地を後にする。一般車両通行可能では最高地点の2,716mの岐阜県の県境を跨ぐと長野県に入る。長野県に入った途端、眺望が一気に開けるが、大黒岳にすでに登っていたので、景色に特別に感動することは無かったが、アルプスの峰をトラバースする山岳道路はやはり圧巻である。左手は大パノラマで松本市も見えるが、まさに崖で右手は富士見岳の急斜面と、崖を横切って道路が出来ている感じは下ってこそ感じるかもしれない。やがて右手に真夏にも関わらず雪渓が見えている。よく見るとサマースキーをしている人たちがいるようで、ここは真夏でもスキーができるほど雪が残ってるらしい。その先は乗鞍岳最高峰の剣が峰3,026mが聳えており、乗鞍のハイライトはまさにここなのだな。という印象を受ける。入道雲と雪という不釣り合いな景色はスキーをしない人も魅了しているようで、ここでも渋滞が起きているのでじっくり見ることができたわけだが。
大雪渓を過ぎると位ヶ原という下ってはいるがやや平原のような場所をつづら折れに降りていく。ここまでが絶景で、2,350mに位置する位ヶ原山荘まで降りてしまうと森林限界は終わり、あとはただひたすら森の中を修行のように下るのみだ。
「裕子さん、もうお昼すぎちゃったけど何が食べたい?」
インカムで裕子にお昼のリクエストを聞く綾。裕子は長野に来たのだからそばが食べたいそうだ。下界に降りたらきっと暑いから確かにそばくらいがよさそうなので綾もその案に乗ることにした。
今日の朝までいた乗鞍高原に出た。ちょっとした周回コースなので1日掛けてまた乗鞍高原で泊ってもよかったかなーと思いながらも、今日は帰宅する日だ。国道158号線に出る頃にはもう涼しいという感覚もなく暑かった。綾のVFR400Rは180度クランクのV4エンジンなのでバックトルクがきつめで下るときはエンジンブレーキの利き具合に好みが出そうなクセがあるが、ミラー越しに見える裕子のNSR250Rは2ストロークなのでエンジンブレーキが思ったほど効かないそうだが、車体が軽い分下りは楽そうに見えるが実際はどうなのだろうか?国道158号線は時間的に空いていたようなので、ワインディングを流す。という気持ちになれるペースで二人で軽快に走っていた。と言っても気温はぐんぐん上がってくるのでここで渋滞に巻き込まれなくて本当に運がいいと思う。
松本市街に出て、アイドル調整を元に戻すためにいったん停車したついでに蕎麦屋を調べてみた。松本ICの先を行ったあたりによさそうなお店があったのでそこにしたのだが、いざ行ってみると蕎麦屋に入るのにスズキの販売店の中に入るような構造でちょっと一瞬戸惑ってしまった。世の中に変わったお店があるが車の販売店に入る蕎麦屋は初めてだ。早速店の中に入ってメニューを見る。
「この”とうじそば”って何?面白そうだから頼んじゃおう~」
綾はとうじそば、裕子は迷わずベーシックにもりそばを頼んだようだ。
「ところで裕子さん、NSRは乗ってて楽?VFRはバックトルクがきついので下りで結構ギクシャクすることが多かったのよね。」
裕子は首をコキコキ鳴らしながら言った。
「前が見えない…。」
そう、この時代のレーサーレプリカはトラックコースを走ることをベースに設計されてるので、姿勢がどうもきついらしい。それ以外は車体も軽くていいらしいが、とにかくポジションがきついのだけ何とかなればいい感じらしい。NSRは87年式と89年式と90年式で設計思想がだいぶ変わっているらしく、87年式は見た目だけレーサーレプリカで跨るとツーリングバイクのような気分になれる、90年以降はフレームの構造もぐっと変わって縦方向に長く横方向は細くしてねじれ剛性をわざと下げてしなやかなフレーム、且つポジションも自由度が上がってて要するにハンドルとシートが近くなってハンドル自体も高くなってるそうで、借りれたのなら90年以降のいわゆるMC21というNSRに乗りたかったそうだ。一方、綾の乗っているVFR400Rは世界初の片持ちスイングアームだが基本設計は1986年まで遡るものなので、87年式のNSRと同様に見た目がレーサーレプリカチックだが、実際はハンドルもトップブリッジの上でクリップされており、ツーリングをするならVFRのほうが圧倒的に楽らしい。綾的にはこの180度クランク特有の低速でのギクシャク感が馴染めないらしいが、普通に走っている分には確かにツアラーのような感覚だ。
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