第84話 雷鳥

 畳平は人でいっぱいだ。駐車するための渋滞が出来ているのは周辺を散策する時間もそれなりに必要で、例えば近くで見られるのは鶴ヶ池周辺を歩くにしても30分は掛かるだろうし、より眺望を求めるなら大黒岳、富士見岳のどちらかに登ろうとすれば往復に1時間は掛かるので実際に登ってる人影が見えてるので渋滞は必至だ。帰りの時間を見てもどこか1か所くらいは行けそうなので、綾と裕子は標高2,772mの大黒岳が一番近そうなので目指した。元々2,700mの標高にある駐車場からなので100mも登らないので数字からすると過酷そうな山に感じるが実際は本当に散歩レベルなのが不思議でしょうがない。鶴ヶ池を左に見ながら遊歩道を歩き、自家用車最高高度地点の2,716mの県境の峠を跨いで大黒岳に向かう。みんながみんな山を目指してるわけではない、目指す人は乗鞍岳最高峰の剣が峰3,026mに向かうので反対側に行く大黒岳は歩いている人が少ないようだ。


 「な、なんか息切れが。。。」


 綾は呼吸が乱れている、裕子もだ。そう、ここは標高2,700mなのでちょっと運動するだけでも息切れをしてしまう。オートバイがアイドリングできなくなるのを身を以て理解した。ちょっと散歩のつもりだったし実際大した距離、高度を上げることもないお手軽散歩コースなのに汗だくになってくる。令和のツーリングでこれを体感できるのは富士山スカイラインと川上牧丘林道の大弛峠くらいなのでいまだかつてない未体験ゾーンだった。


 そうはいえ、見渡す景色がどんどん開けてくる。景色の良さはやはり駐車場からでは絶対に拝めないパノラマが広がる。山頂は森林限界を超えてるのもあるが地形的に台地になっていて広場のようになっている。避難小屋のような建物で息を整えて標識まで行くと、北アルプスの核心部が見渡せた!


 「わぁ、槍穂が丸見えね!登った甲斐があったわー!」


 綾はツーリングで見る景色としては今まででナンバーワンだと心の底から思ったようで、高揚を隠さずにいられなかった。裕子は視線を一点に見ている。


 「あの、尖がったような山が槍ヶ岳??その下に沢状の地形が見えるけどあれはどこかしら?」


 綾は興奮気味に尖った山は槍ヶ岳で大きな沢は岳沢で昨日行った上高地がその下にあることを伝えた。上高地からは穂高岳までは拝めたが、乗鞍岳山塊からの眺望はさらにその先の槍ヶ岳まで見渡せる。焼岳が手前にあるが大きさから見ても焼岳がとても小さく、そして低く見える。焼岳でも2,455mあるのだが。


 二人はしばらく北アルプスのパノラマに圧倒されてただただ見つめていた。そこに「ゲコッ」という声が聞こえた。


 「は?!もしや雷鳥?」


 ハイマツの陰から雷鳥が顔を出していた。夏毛の雷鳥は意外と見つけづらいが、大黒岳はハイマツの植生も薄いので地肌を横断している時もあるので見つけやすいようだ。裕子は顔を紅潮させて興奮していた。


 「初めて見た~。もしかしてすごくラッキーなのかしら?」


 3,000m級の山でも雷鳥を見かけるのは確かになかなか少ないとはいえ北アルプスは雷鳥の生息数が多い方なので登山をしていれば見る機会はそこそこあるのだがツーリングのついでに見られるのはおそらくここだけであろう。疲れも吹っ飛んだ二人はやはりここにきてよかった。と最後の目的地を存分に堪能することができたようだ。二人はまだまだ見続けていたかったが、ここで時間をさらに食うと後が辛くなるので下山することにした。

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