第81話 上高地

 国道とは思えない谷間を走る国道158号線。景色は決して良くはないが山奥を走ってるという感覚、そして奈川渡ダムの築堤を国道が走るところはこの国道の酷道らしいハイライトで、築堤に至る直前のトンネルはトンネル内で分岐している。分岐と言っても奈川・野麦峠方面に向かう道路は一方通行の直線で上高地へ行くには右折をするが、奈川から松本に向かう場合は右折した道路の途中から合流するので、車両がトンネル内でクロスすることはない。これも令和になって工事が進みあと少しでこの景色の終わりが近づいてきているがいまだにこの状態であるので読者にもぜひ走ってみてもらいたい。

 トンネルだらけの道路は上高地と安房峠を越えて飛騨に至る分岐の中の湯まで続く。中の湯では河原から湯気が出ており、山奥というだけでなく火山が近いという野趣満点な道路だ。ここから釜トンネルというトンネルを抜けると上高地地区となる。


 「わー、ついに来ちゃいましたね!」


 綾は少し興奮気味である。令和では走れないところを走れるというのに感動を覚えてるらしい。裕子はビーナスラインみたいな広がる景色の道路こそ知っていたが上高地に自家用車で来られるという時代が有ったのを知らなかったので改めてびっくりした感じだ。ちなみに令和の釜トンネルと昭和の釜トンネルは別物で現在は2車線のきれいな道路だが、昭和の釜トンネルはそんなことはなくいかにも鄙びた場所の山岳トンネルという風情だった。急峻なトンネルを登りきるとぱあっと景色が広がる。大正池だ。


 「ちょっとここで止まりましょう。」


 裕子も同意して止まる。大正池はその名の通り大正時代に噴火でせき止められてできた池なので比較的新しい池で樹木が水没した形で立ち枯れの状態残ってる残ってるちょっとした風情のある池だ。立ち枯れの木は令和の今ではほとんどが倒れてしまったのが残念である。目の前にはそのせき止める原因となった標高2,455mの焼岳が聳えている。こうしたトンネルを抜けたら火山由来の景色が広がる。というのは旅情としては非常にインパクトがある道路だが令和の今は自家用車で行くには自転車のみだ。ほとりに出ると標高3,190mの奥穂高岳とその前にある岳沢が見えた。よく写真で見る上高地の象徴の一つなのですぐに気づく。そうなると早く上高地に行きたくなるものである。オートバイで本当に数分で上高地のターミナルに到着した。ここからは自家用車は通行禁止なので歩いて河童橋まで歩く。


 「そういえば、ツーリングして綾ちゃんと一緒に散歩するなんてようやく初めてね。オートバイ乗りって外を走ってるから健康的なようで実際は外でヒキコモリしてるみたいよね。」


 ゲームが好きな裕子だが歩き回るのも趣味なようなので、ツーリングと言えども歩きまわってでもよりいい景色を求めるのは好きなようで、そのあたりは綾も同意なのでメインの趣味が違っててもツーリングの時に対立しないのは幸いである。河童橋は思ったよりも歩くのでなおのことである。人によってはちょっとした小高い丘でも拒否するライダーはいるものなのであれはもったいないね。とか話してるうちに河童橋に着いた。



 「わぁ!川が透き通って青いし、北アルプスが眼前に広がっててこの景色は確かにオンリーワンよね。」


 そう、河童橋はまさに今どきで言う映える景色で、河童橋の造形もミニ釣り橋のような感じで周りの景色と調和しており、流れる梓川も見たことのない青さを讃えた清流で、奥穂高岳も聳えながらも岳沢の沢の広さが懐の大きさと丹精さをより強調しているようにも見える。


 「ここまでオートバイで来られたら今どきのライダーで埋め尽くされちゃうね(笑)」


 今も昔もさすがにここまで入ってこられないので出来ないが歩いてでも行く価値のある景色だろう。二人は記念写真を撮りまくってるのだが、周りの人は何をしているのかわからないだろう。なぜなら昭和にスマートフォンを取り出して二人で撮ってるのだから板を持ってはしゃいでる二人くらいにしか見えてないはず。はっと気づいた綾と裕子はスマートフォンを仕舞ってそそくさとターミナルに戻ることにした。


 

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