第31話 須田町を右折すると肉の万世

 錦糸町から先も都電と並行しながら靖国通りを走る。朝も早い時間では無くなり始めているがそれでも休日の朝なのでトラックなどは少な目。走りやすいのでついつい昭和通りを飛び越え、須田町まで来てしまった。


 「あ、行き過ぎちゃったな。」


 綾はせっかくなので万世橋に向かって右折を始めるのだが右手を水平に上げる。そう、CB72はウィンカーが無いモデルだからだ。船橋から国道14号線、靖国通りで須田町までは基本的にウィンカーを使う機会がないくらいひたすらまっすぐなので、ここで始めて車通りの多い交差点に差し掛かったからだ。今も船橋インターから市ヶ谷の駅前交差点までこのルートだと車線変更を除くとウィンカーの必要性がないという千葉と東京の大動脈は初期のころから整備が行き届いた環境だった。


 万世橋の袂にオートバイを止めて、持って来ていたサーモボトルで冷やしたアイスコーヒーを飲みながら景色を見渡す。


「あ、万世だ!この頃からもう牛の看板もあったのね!心無しか肉タワーではなく低層ビルだけどいつかは最上階でコミケ後に食べたかったなあ」


 噂では神絵師ともなると、イベント後は万世タワーの最上階で宴が催されてるなどというネタがあったが今や万世タワーは売却され、リースバックで縮小営業している令和時代は本当に残念だなと綾は思いつつ、神田川の汚さを見て光と影は一対で光が眩しいほど影の暗さも増すものだ。とも思った。


 ちなみに須田町と肉の万世は戦後に秋葉原で開業した電気部品商・鹿野無線が母体で、ドッジ・ライン不況の際に精肉・コロッケ商「万世」へ業種転換。秋葉原電気街では異色の大型飲食店として成功し、自社直営牧場を擁するまでに発展したが、今でこそ電気街の中心は外神田であるが、元々の電気街は須田町だったので肉の万世がその最後の名残。と言っても過言ではない。かもしれない。

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