第25話 アルバイト

 綾のアルバイト先は神保町のあたりだ。正確な場所とかその辺は置いて、出版社がボチボチ存在する街。と言いたいが実際の住所は大手出版社はほぼみんな一ツ橋にある。それはさておき、辞典の編集の手伝いをしている。大学の紹介のツテである。基本的には先生の手伝いではなく、辞典編集の編集補助である。


 この出版社の辞典編集部員のほとんどが本郷の大学出身でこれが学閥か!と思わせるくらい片寄っている。他にいても旧帝大卒か頑張って早稲田くらいまでである。出版社の中では辞典編集は花形かというとそうではなくて一線を戦い終わった編集の休息地みたいなようであるが、そうはいえやはり数々の編集をこなしてきた兵なので頭のキレはいい。


 「綾ちゃん、今日はここにある項目の短冊を書いてね。よろしく~。」


 白髪交じりの中年の男性が綾が職場に着くと同時に声を発する。どうやら、綾を待っていた感じである。


 辞典編集、特に国語辞典などは非常に長い時間を掛けて編集をする。現代用語の基礎知識のような年鑑ではないので、大凡10年から20年掛けて何回も校正して出版される。綾が行ってるのは短冊という辞典での単語ごとに200文字程度の縦長の原稿用紙があり、これを担当の先生に書いてもらったり、編集自らが書いたりしながら校正をし、最終的に監修の先生に監修をしてもらって校閲後脱校していく。これを何度も繰り返すのである。アルバイトの綾がいわゆる短冊を書くのは本来は職務的には逸脱しているが、白髪交じりの中年男性の編集者は綾の能力をどうも買っているようで、本来の編集補助以外の空いている時間に書かせているようだ。


 綾が担当している部分は部活でもあり、専攻でもある地理学関係である。ちなみに部活名は地理学愛好会。実際の活動はまたおいおい説明することになるとは思うが、フィールドワークがあるのでオートバイがあると便利なのは確かだ。


 本来の編集補助とは打ち込みを行う、チェック用原稿を先生の家に持っていく、出版社独特の雑務全般である。


 この日は短冊を書きながら打ち込み業務を行って白髪交じりの中年男性編集者のチェックを貰って予想よりもあっさりと仕事が終わってしまった。


 「綾ちゃん、今日はよかったらこの後編集のみんなでうなぎを食べに行くけど綾ちゃんも来る?もちろんおごりだよ。」


 「え!いいんですか!やったー!ありがとうございます!」


 VTZ250が不調で今日は電車で来ていたので、お酒が入る飲食会であったとしても飲むことができるし、何よりうなぎは大好物なので災い転じて福となす。である。


 そういえば、前日の神保町にいた時の時間と似た時間帯だが、見えてる景色は昨日と今日は大分違っていて南側は全体的に大きなビルが建っており、夕陽はさえぎられる形となっていた。

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